男性化志望者とその友人 24

 私はそこそこ有力貴族の家に生まれたわ。その辺りの調べはついているのでしょう。
 ただ、私は実は、本妻の子供じゃないの。本妻は子宝に恵まれなかったの。それで、愛人が身ごもった子供を、生まれた直後に引き取ったの。その子供を、実の子供と偽って育てたのよ。
 そこがそもそもの誤りだったのかしら。父はその愛人が『人魚』だとは知らなかったの。愛人とは夜にしか会っていなかったから。
 気づいた父と母、ああ、本妻のほうだけど、二人は大慌てよ。それでも私を愛してくれていたわ。
 小さいころから、自分は体が弱いから、日光に当たっちゃだめだって言われてきたわ。外に出るときは、必ず日傘に帽子に色眼鏡。おかげで私、色は白いでしょう?
 で、お見合いよ。実家の家名? ああ、そっちは後から出来た弟が継いだわ。弟とはそりが合わなくてね。結婚してから、実家へは一度も帰っていないわ。
 第一印象は…聞かれても困るわ。そもそも見合い直前にいきなり、『相手はデミアン・バロッケリエールだ』っていうじゃない? よくそんな縁談もってこれたものだわ、なんて、自分の両親に感心するので手一杯だったのよ。
 後から考えると、両親は自分の家の繁栄しか考えてなかった、とも取れるけどね。だって、私が『人魚』だって知ってて、”激戦地”へ送り出したのだから。
 その見合いの一週間前よ。自分が『人魚』なんだって知ったの。
 そりゃ驚いたし、両親を恨む気持ちもあったわ。でも、やっぱり私の親ですもの。これまで大事に大事に育ててくれたこと、裏切れないでしょ。
 そのまま結婚。あの人…デミアンはいい人よ。本当に。
 ただ、『人魚』に関しては、ね。あなたもご存知の通り、かなり旧弊的ね。
 あの人、いろいろと”鼻が利く”から、私ごときが隠せるのか、本当に不安だった。でも…そうね。あの人は私を大事にしてくれたし、勘ぐりしたりはしなかったわ。多分、私の家柄が、サクリャクとかウラギリとは無縁な程度の地位にいたからでしょうね。
 テレイアが生まれてからは、忙しくなったわ。丁度先王が『人魚』差別撤廃に本格的に乗り出したころね。
 私は、テレイアも私の血をしっかり受け継いでいることを知っていたから、ばれたらどうしようかって、そればっかりだったけど、あの人は反差別撤廃運動に熱心で、あんまり家にいなくなっててね。踏んだり蹴ったりっていうのかしら?
 でもね。その反差別撤廃派の会合やら何やらで、あの人がぐったりして帰ってくるでしょう? で、疲れきって私の隣で寝入ってるのを見ると、こう思ったの。『いつか真実が明らかになったら、私はこの人の足手まといになるわ』って。
 元々分かりきってたことだった。そんなことは。
 ふん、こんな人、とも思ったわ。それは確か。だって、この人がやってることは、私の…遠い遠い親戚を、抹殺するってことなんだから。家名家名って意地張って、そんな物のために、人も殺しちゃうんだから。
 でも、やっぱり駄目ね。私は。
 この人にばれる前に、別れようって思ったわけ。
 あの人、怒ってたわね。『俺のどこが嫌なんだ』って。
 全然どこも嫌じゃないのよ、とは、口が裂けても言えないから、適当なこと言ったわよ、その時は。『あなたの手は汚れすぎてるのよ』とか。
 で、家を飛び出したわけ。その時、テレイアも連れてく予定だったんだけど、あの子が嫌がったのよ。あの子のあの目。まったく。本当に、子は親の鏡よね。ああいう強情なとこ、あの人そっくりよ。
 そのすぐ後に、あの人が愛人作ったって聞いたの。
 悲しかったわよ。そのときは。でもいいの。あの人は幸せなんだから。それで。
 ただ、その後よね。問題は。 テレイアが『人魚』だって、ばれちゃってから。さすがに私のことも気づいたわ。
 あの人が絶縁状叩きつけてこなかったってことは、まだ世間様にはセーフだったみたいね。
 私には、何も言ってこなかったわ。もう、どうでも良かったのよ。私のことは。ほら、あの人、家名第一主義だから。
 ただ愛人はまずかったわね。見ちゃったんだから仕方がないけど。
 その後は予想通りよ。デミアンは愛人を消そうとする。テレイアはその愛人を逃がして自分も逃亡。
 こんな感じよ。どう? お分かりになったかしら。
 ああ。結局テレイアとオリーブはどこにいるのかって?
 答えは、不明、よ。
 私も知らないの。確かに出発前に一泊していったけどね。テレイアだけは。でもそんなの微塵も匂わせなかったわ。父親が愛人を殺そうとしているかも、っていうようなことは言ってたけどね。デミアン・バロッケリエールの息子だけのことはあるわ。
 
 
 
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 これでいいのだろうか。
 ゼタはそう思った。
 この”夫人”は嘘をついてはいない。だが、テレイアとオリーブの居場所が、結局わからないのが、ゼタの心に引っかかった。
 だが、今この場で尋ねるべき最後の言葉は一つである。
「夫人」
「そろそろお帰りになったら?」
 ウリエルはドアを開け放った。ゼタも帰り支度をする。無言のまま、二人とメイドは、別荘の出口へと向かった。
 別荘の扉で、ウリエルとメイドが立ち止まる。
「私はここで失礼させていただきますね」
 ゼタは今しかないと、息を吸い込んだ。
「最後に一つ、お伺いしたい」
 ウリエルはにこやかだった。
「あなたは、今でもデミアン・バロッケリエールを愛していますか?」
 ウリエルは、最初にゼタが見たのと同じ、憂いを称えた伏し目でこう答えた。
「…あの人が私を愛していなくても、私はあの人を愛しています」
 ゼタはデミアンが羨ましい気がした。