男性化志望者とその友人 21

──―――やっぱり、僕は国王に向いていないのかも。
 だが不運なことに、国王であるかどうかは、個人の性質とは全く別個のものである。
 窓の外でも見れば、少しは気が晴れるだろうか。そう思ったケイトクは、雲ひとつなくなった空を、窓越しに見やった。
──―――あれ?
 ふとケイトクは、ラナの瞳に吸い込まれた。
 普段は黒々としているラナの瞳が、海のように深い青に見えたからだ。
「? いかがいたしましたか?」
 ケイトクの表情に気づいたようだ。いつもの笑顔で、ラナは振り向く。
「ラナの瞳って、黒色だよね」
「え? ええ。そうですが…」
「なんかいま一瞬青っぽく見えたんだ。はは、僕、疲れてるな」
 ジルコーニに疑惑の影が見え始めたせいだろうか。ケイトクは、青く見えたのが、自分の錯覚だと、信じて疑わなかった。
「ああ、そうか。雨降ってましたもんね。それ、錯覚じゃないですよ。そういうこともあります」
「どういうこと?」
「あの、私の家って、いわゆる『人魚』の家系らしくって。それで、ほら。そういう家系の人って、普段は黒い瞳なんですけど、雨あがりの日の光に当たると、青く見えるでしょう。それですよ」
 ケイトクは思い出した。一見分からないのだが、嘘か真か、そういう人々が、この世界には確かに存在するということを。
 文献によると、かつて周辺のある海域には、人魚の国が存在していたという。現在、人魚そのものは絶滅しているが、人魚ではないものの、その血を受け継いでいるという人々は多数おり、それを『人魚』家系といった。
 ケイトクも、知ってはいたが、実際に見たのは今日が初めてだった。
 雨上がりの日の光を浴びる『人魚』家系の者に遭遇する確立は低い。そして、『人魚』家系の人々はこれまで、その瞳ゆえに、見つかったら最後、徹底弾圧を食らっていた。
 『変化の者』『海の怪物』『青い悪魔』…その差別用語を上げていくと、きりがない。そのため、『人魚』たちはそれをひた隠しにする。そうすると、ばれたときに、周辺住民を”騙していた”という感覚が増すため、弾圧は強まった。
 先代国王時代からはその差別撤廃に取り組んで、今はそういった差別意識は、ようやく減りつつある。都では元々少なかったせいもあって、もうゼロと言ってもいいだろう。
「先王と陛下が、差別撤廃に取り組んで下さらなかったら、私は今ここにいなかったでしょう。不思議ですね」
 先代国王時代に差別維持派だった三大貴族の勢力が弱まったことも、大きくかかわっているだろう。
「なんだか変な流れですけど、本当に、ありがとうございます」
 特にバロッケリエールはその先頭で…。
「あ」
 ケイトクの頭の中で、一つの筋書きが出来上がっていた。
『奥方様は、ずいぶん前に出ていかれました』
『瞳は黒です』
『オリーブという名前の』
『テレイア様が旅行に行かれた直後に行方不明になりまして』
『旦那様は、その瞳がお気に召したようで』
『よく窓がわに座って眺めておりました』
単なる痴情のもつれ
息子、テレイア・バロッケリエール
『青い悪魔がわしを、わしを破滅させるぅううぅうう!』
──―――あおいあくま…!
「…大丈夫ですか、陛下?」
 ラナは不安げに覗き込んだ。
「…あ、ああ、いや。なんでもないんだ。あーっと、そんなこと、なんでもないよ。僕は父の政策を引き継いだだけだし、たいした事はしていない。ほんとだよ」
 ケイトクは、ラナへの返事がいいかげんになっていることに気づいていながら、それをどうすることもしなかった。
 ゼタをデミアンの妻の所へ向かわせたのは、”成り行き上”のことだ。しかし、それが偶然にも、事態の、おそらく真実を捉えている。
 そして、もしケイトクの考えが正しければ、やはり二つは別の事件で、ジルコーニは少なくともバロッケリエールのほうには無関係だろう。
 ケイトクは俄然、ゼタの帰りが待ち遠しくなった。