ジルコーニの立ち去った後、ゼタがおもむろに言った。
「陛下、あれ、嘘でしょ」
「え゛」
「だって、陛下。ばればれにもほどがある」
ゼタが腹を抱えて笑っていた。
──―――僕はがんばったんだけどな…
国王としてこれでいいのかと、情けなくなるばかりだ。
「全く。で、その少年とはいつお知りあいに?」
ぐっと言葉に詰まった。もう隠し通せはしない。
「この間の稽古のときに手合わせを…」
胸の前で両手の人差し指をつんつんとあわせて、上目遣いで言った。
「…ちょっと目を離すとすぐこれだ。まったく。陛下、ほとぼりが冷めるまでまた外出禁止!」
ゼタの顔は笑ったままだったが、それなりに腹を立てているのは自明の理だ。
そのとき、ケイトクは思い出した。あの噂に緘口令がしかれているらしいことを。これはゼタに聞いてみなければ。
「ゼタ、さっきの噂のこと、どう思う?」
まじめな顔に戻るゼタ。
「おかしい。どう考えても。そんな噂が私の耳に入らないはずがない。噂というのは、『誰々には言うな』と言われていても、必ず伝わってしまう。何かあるはずです。噂の出所を調べてみましょうか」
「頼む」
自分が外出できない今、ゼタに頼むしかないだろう。いつもならジルコーニなのだが、先ほどの誤解を解くためにわざわざジルコーニを呼びつけたりしたら、それこそより大きな噂になりかねない。
「ところで陛下。どうしてジルコーニを避けたんです?」
「避ける? どの辺りが?」
「今の噂のリサーチといい、今日の態度といい。本当のことを素直に言ってしまえば、何の問題もなかったのではないですか?」
その通りだ。ジルコーニなら、信じてくれただろう。ケイトクのお人よしは知っているはず。だが。
ケイトクはそんなジルコーニを信じることが出来なかったのだ。何故?
──―――だってジル、なんだか疲れてたし。
違う。
──―――ゼタもいたし。
違う。
──―――…最近のジル、なんだかおかしいし。
そうかもしれない。だが、決定打とはいえない。
──―――ジルコーニ以上に、自分の精神状態がおかしい。
これだ。
「ゼタ、最近の僕、どうかしてるよね」
ケイトクは椅子に座り込み、ため息をついた。
自分はこの国の王。そして、ジルコーニの補佐はあったものの、大きな問題も起こさずにやってきた。国民の信も得ている。
国王の性別が変わったぐらいで、それが揺らぐような政治をやってきたつもりは、ない。
──―――そうか。
「ゼタ、メイドにお茶を頼んでくれる?」
今自分に足りないのは自信だ。自分の見てくれが少し変わった、ただそれだけのことで、いかに自分がショックを受けていたか。
メイドの足音と、ティーカップからくゆる湯気を眺め、行儀悪くも、それを一気飲みした。
──―――僕は国王。ケイトク・トウジキ。
国のてっぺんが、こんなにふにゃふにゃしていてはいけない。
ジルコーニが好きだ。その気持ちは、ひとまず保留にしておこう。
誤解されっぱなしなのも嫌で仕方がないが、保留にしておく。
部屋の中からでも、世界は見える。そんなことは重々承知ではなかったか。
そんなケイトクを見て、ゼタはにやりと笑った。ようやく、国王が”帰還”したからだった。