男性化志望者とその友人 11

 一週間。そう。きっかり一週間、ジルコーニは顔を出さなかった。
 一週間の間に起こった変化といえば、自分の周りをうろつき、適当な用事をつけて一言二言口を利いていたジルコーニ以外の男たちが、突如いなくなったことだ。
 ついでにメイドも寄らなくなり、ケイトクの周りの人口密度はかなり過疎の状態にあった。
──―――なんでこうなったのかなぁ…
 ケイトクは一週間前にあの少年と手合わせしたのが、妙な噂にでもなっているのだろうかと考えた。だが、こっそりやったことなのだ。誰にも聞けない。
 ゼタに聞こうものなら、即刻外出禁止にされかねない。ゼタは締めるところは締める人物だった。
 そして今日、ジルコーニは再びここへやってきた。
「失礼します」
「久々だな。今日はどうした?」
 何も言わない。気のせいかもしれないが、少しやつれているように見える。
 ケイトクは不安げにジルコーニを見上げた。
「どうもしてない。ところで、なんか巷で妙な噂たってるけど、ホントか? まあ、ホントなら、それはそれでいいんだけど」
「は? 何なんだ? 一体」
 薄々内容はわかった。そして、予想通りだった。
「いや…なんつうか…お前が今年十四の騎士団員の一人と熱愛中だっていう」
 ケイトクはゆがんだ笑みを浮かべた。
「ほんと泣けてくるよ。涙があふれそうなぐらい大嘘だ。どこでそんな話聞いたんだ?」
「え? いや、街のいたるところで」
 もうそんなところまで広まっているのか。ものの一週間である。噂の威力を、ケイトクはじっくりかみ締めていた。
「まあ、火のないところに何とやらって、言うだろ? だから、真偽の程を聞いてみようと思って。そうか。嘘か」
──―――あれ? おかしいぞ?
 ケイトクは気づいた。
 そんな噂が大々的に立っているのなら、騎士団員を通じて、ゼタの耳にも入っているのではないのか。だとしたらゼタが黙っているはずがない。
 が、これまでゼタは何も言っていなかった。ということは、ゼタの耳に噂が入らないよう、何らかの緘口令がしかれているということだ。
「俺は聞いたことないぞ、そんな噂」
 ゼタが残り五、六ページの本をパタンと閉じて顔を上げた。
「へぁ?」
 ジルコーニの間の抜けた合いの手が入る。
「今日はじめて聞いた。陛下。本当にただの噂なんですか」
 ケイトクは勤めて断言するよう心がけた。
「ああ。完全かつ極大の嘘だね。僕はあんな少年に興味はない」
「「あんな?」」
 二人の目が、一気にケイトクを睨みつけた。
──―――しまったああああ!
「『あんな』ってことは、知ってるのか、そいつのこと」
「噂は知らなかったんですよね、だったら、何か疚しいことがあるのですね」
 ジルコーニから驚きの目線が、そして、ゼタから怒りが湧き起こっていた。
 ケイトクは考えた。
 そうだ。僕はあの少年のことが実は好きだった、ということにして、一時的にごまかそう。ものの一週間で、僕の気が離れたってことにすれば、と。
 この歪にねじれた安易な発想が、後に大きく発展してしまうのだが。
「「どうなんだ」」
 ゼタまでため口になった今、ほかに手段を思いつかなかった。
「いいじゃないかっ! 好きだったんだから!」
 ばんっと、机をたたいて立ち上がる。演技としては、効果絶大だった。
 二人とも、開いた口がふさがっていなかった。さらにまくし立てた。
「ああ、そうだとも。今まで黙ってたけど、好きだったさ。あの子のことが。少年趣味だって笑うがいいさ。でも仕方ないだろ。気づいたら…好きだったんだから」
 だんだん言っていて照れくさくなってきた。
「でも、今は全っ然だよ。あの子のことは、別になんとも…」
 そこまで来て、ジルコーニが声を発した。
「そうか…」
 そして。
「そうか。お前、ショタコンだったんだな。前々からロリロリな趣向だったけど、そうか。結論はそこかぁ…」
 ポンッと手をたたく。ゼタは相変わらずぼけっとしている。
「道理で、周りにそれっぽい男がいないわけだ。いや、ようやく納得した。俺のほうでも、いろいろ当たってたんだ。心当たりの或るやつ。でも、二十歳以下は考えてなかったからな。うん。これで範囲が狭まったな。どうして今まで黙ってたんだ?」
──―――いや、どうしてって言われてもね。
 ケイトクのほうが唖然とする番だった。
「じゃ、俺はこれで帰るから」
 大事なものがガラガラと音を立てて崩れていった。
 好きな人に一番厄介な勘違いの種をまいてしまったのだから。