男性化志望者とその友人 13

「ゼタ、どうだった?」
 ケイトクは分かりきった返事を待った。
「いや。何も」
 あれから一週間。
 ゼタとケイトク自身のリサーチによって分かったことはあまりなかった。
 まず噂の出所は、複数の騎士団員。ケイトクが手合わせをした当日、稽古に来ていた者たちであることが、出席台帳で確認された。
 ゼタに噂が回らなかったのは、単にゼタが国王にべったり張り付いていて、世上に疎くなっていたことと、かなりの童顔であるゼタの妻とゼタ自身を、間接的に侮辱することになるのではないかという懸念かららしい。
 ケイトクとゼタは、いまいち納得できなかった。
 噂の出所はともかく、ゼタの耳に入ってこなかった理由が、あまりに曖昧である。特に理由のうち、後者は、なんだか取ってつけたような感がある。
「これで…納得せざるを得ないのかな…」
「今日、噂の出所になっている騎士団員に、実際に聞いてみるように依頼しました。それでも何も出なかったら……諦めるしかないでしょうね」
 ケイトクはため息をついた。
「ところで、ジルコーニは…」
 ジルコーニはまたあれから姿を見せていないのだ。
「さあ。稽古にはいつも通り来ているようなんですがね。周りのやつらも、『特にいつもと変わった様子はない』って…」
 こんなときだからこそ、顔ぐらい毎日合わせておきたいケイトクの気持ちは、募る一方だった。
 無論、ジルコーニが来たとしても、何がどうなるわけでもない。
──―――ジルは僕の立場がこれ以上悪くならないようにしてるんだ。
 ジルコーニとしては、噂の真偽がわかった今、自分は穏便にしているのが一番だと考えたのだろう。今は我慢の時なのだ。
──―――でも、
 ジルとあーんなことやこーんなことやそーんなことをしたいって、思わないわけじゃないし。ああ、何考えてんだ、僕は!
 などと、ものすごい妄想をしつつ、ケイトクは眉間にしわを寄せてうつむいた。
「…報告を待ちましょう」
 ”切なげに”うつむくケイトクの肩を、ゼタは軽く叩いた。
 そして翌日、変化が訪れる。
 
 
 
********************************
 
 
 
「ゼタ、どうだっ…」
 ケイトクは一目見ただけで、何かがあったことを悟った。
 ゼタの顔色は優れなかった。そして、単刀直入に言った。
「噂の出所のうち二人が、当日稽古に出ていなかったことが分かりました。嘘をつくようなやつらではない。二人の話では、何者かに噂の主体になるよう脅迫されたらしい。その人物に関しては、二人とも『知らない』と。出席台帳のほうですが、こちらは捏造された可能性が出てきました」
 その分だと、残りの者たちも怪しいものである。
 ケイトクは苦虫を噛み潰したような顔になった。
 あてはある。ケイトクの威信を失墜させたい者たちだ。前国王の時代に、甘い汁を吸ってきた貴族の一部が、改革によってその経路を絶ったケイトクに、体のいい嫌がらせをしているのだ。
──―――そんなどうでもいいことで…
 そんなところに労力を使うのならば、何故それを政治につぎ込めないのか。改革の対象になった理由を、全く理解していない分子が、やはりまだ残っている事実。
「実際に噂を流したのは誰なのか、よく分かりませんでした。ただ…」
「ただ?」
 ケイトクはゼタをにらみ据えるように向き直った。
「バロッケリエール家の者が怪しい」
 バロッケリエール家とは、旧三大貴族のうちの一つである。
 前国王時代に大きな力を持っていた勢力で、現在も反国王派の中心である。
 残りの二つの家は、勢力という勢力を持っていないと言える。
 一つは、ロコロ家。後継ぎが生まれず、現当主は郊外で隠居暮らしをしており、遺産もわずかだ。そして当主自身、重い病にかかっており、とても策略云々の出来る状態ではない。
 もう一つは、ダヤン家。ただ、この家は前国王の即位した時分、既に落ちぶれきっており、今では完全に名前だけである。そもそも国王を貶める理由もない。なにしろ現当主はジルコーニなのだから。そんなことをするはずがなかった。
 だから、ゼタの言っていることは、明快すぎた。
「国王を引き摺り下ろす策がないから、嫌がらせに出たって言うのか?」
「恐らく。ただ、調査を打ち切るわけにはいかないことだけは、はっきりしました」
 ケイトクがジルとイチャイチャできる(かもしれない)日は、ますます遠のくのだった。