王宮騎士団とは、この国最強の剣術集団である。
毎年国中からやってくる志願者のうち上位数十名しか採用されないという狭き門をくぐりぬけた者だけが、その制服を着ることを許される。
現副団長は、ジルコーニ・ダヤンという。
外見は上の上。性格は軽い・嘘つき・女好きと三拍子そろっている。そのくせ男連中からの人望は厚い。
王宮七不思議を作るとしたら、一つ目の謎になるにふさわしかった。
その彼は今、王宮に出勤してきたところだった。
「おはようございますジルコーニ様」
「おはよ~! 今日もカワイーよぉ、ラナちゃん」
「おはようございます」
「う~ん、ミーアちゃん! いつにもましてセクシぃー」
ジルコーニの出勤はとりあえず近くにいるメイド全員に声をかけて始まる。
「さてと」
そして、国王の部屋へと向かう。
「おはようっ!」
「また遅刻か」
国王ケイトクは、もうとっくの昔に仕事を始めていた。
デスクの右にまだ目を通していない書類の山。左にはもう目を通した書類が、右の三分の一ほどの量積まれている。
ジルコーニはおどけて言った。
「そういうなよぉ~」
「別に怒ってるわけじゃない。もういつものことだし。だたちょっとは改善する気が無いもんかなと思っただけだ」
そういうのを、世間では怒っていると言うのだ。
「改善はしたいけど無理。んじゃ、俺はいくから」
「ん」
国王と完全にタメ口。こういう所業をやってのけられるのは、ジルコーニただ一人だった。
幼いころに知り合って意気投合して以来、もはや敬語に直すことなど不可能だった。
こんなふうに、特に何を話すでもないのになんとなくケイトクの元を訪れるのが、いつのまにか通例になっている。二人はそんな仲だ。
その朝、ジルコーニは引っ掛かりを感じた。
─────あいつなんかおかしかったな…
こういうことに気づくのが早いのも、ジルコーニの特徴だった。
だが何がおかしいのかまではわからない。ただ一目見て、何かが”違う”と感じた。
三ヶ月程前に好きな人に振られたときでも、ショックを受けた印象もなく仕事をこなしていたケイトク。
それだけに、少々心配になった。
─────夜にでも聞いてみよう。
そのまま自分の職務室へと向かった。
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一方ケイトクは、昨夜から続く自分の変化に内心慌てていた。
昨夜風呂に入ったときは、まだかなり男っぽさを残していたのに、今朝もう一度姿見を覗いたら、症状が悪化していた。
つかむと手のひらに余るかどうかの大きさになった胸。くびれた腰。尻にも明らかに肉がついて、身長も僅かにちぢんでいるようだった。
いつもの服をそのまま着てみたら胸が小さかったので、今はさらしで押さえている。尻は座っていれば何とかなるかもしれないが、立ち上がると隠しようも無かった。
予兆はあった。
確かに昨日の昼辺りから、体がだるかった。なのに妙に食欲が湧き、いつもの三割増し食べたため、メイドに驚かれたぐらいだ。
だがまさかこうなるとは思っていなかった。
─────誰かに相談しよう。
だがその相手も迂闊に選べない。
曲がりなりにも自分は国王なのだ。
姉は先日結婚して隣国へ行ってしまった。残るはジルコーニぐらいだ。
─────夜にでも相談してみよう。ジルコーニに。
今はとりあえず、政務をこなすのみだった。