男性化志望者とその友人 2

 ゴーン ゴーン
 部屋の時計が鳴り出した。その音は、ぴったり五回で止まる。
「んじゃ、帰るか」
 本日締めの仕事”だけ”を超高速で終わらせたジルコーニは、いつもより一時間早く職務室を出た。
 すれ違っていく仕事中の人々に挨拶をしていく。挨拶された側も、ジルコーニだからこそ笑って答えていた。
 こんな行動をとっても、仕事はきっちりこなすやつだという事は、重々承知だったからだ。
 そして通る人がいないところに出ると、ジルコーニはその本性を僅かに現した。
 きりりとあがった眉。一文字に結ばれた口。真っ直ぐに向かう先を見つめる双眸。王宮内の一部の有識者らに、密かに『策士』と呼ばれる彼。現国王が今までやってこれたのは、彼の後方支援も大きいと言われている。
 だが、その表情もつかの間。朝来た通りのルートで、国王の仕事部屋へと移った。
 ノックもせずにいきなり部屋に入る。ケイトクは本を読んでいた。かなり慌てて本から手を離す。
「いきなりなんだよ。びっくりするじゃないか」
「今日はそんなキブンだったんだよん」
 ジルコーニはおどけた。しかし、肝心なところは押さえる。
「そっちこそ、何でそんなに慌ててんの? あ、何か隠し事とか?」
 一瞬ひくっと顔を引きつらせる。図星のようだ。それを確認してから、ジルコーニは本題に入った。
「なあ、今日このあと暇? ちょっと聞きたいことあるんだけど」
「ん? ああ。こっちも丁度話したいことがある。片付けてから行くから。僕の部屋でいいか?」
 ケイトクが自分の私室を指定してきたということは、他人に聞かれたくない話だということだ。
「分った。ん~と、じゃあ六時でどおよ」
「了解」
 部屋を出る。
 ジルコーニは自分が今朝感じたケイトクに対する違和感の正体をつかんだ。
─────顔が女っぽくなってるような。
 元々ケイトクの顔が女顔だったことは否めない。しかし、それでも見れば『ああ男だ』という骨格だったのだ。
 それがなんだか丸くなっている。そして座高も低くなったような気もする。
 さらに言うなら、ケイトクが先ほど読んでいた本は、王宮内の歴史。それも、歴代国王の成長記録だった。
 開いていたページは両性具有だった十代ほど前の国王について書かれた章。
 ケイトクが女になっていっている。場所をケイトクの部屋にした辺りから、ジルコーニの単なる勘違いではないらしい。
 もしそうだとしたら、その原因はなんなのだろう。
 これまで確実に男性化への道を歩んでいたケイトクが、突如として変化しだしたのは、何故か。
 仮に女性化したとして、その場合ケイトク自身の嗜好(男より女が好き)はどうするのだろう。
 つい三ヶ月前まで女と結婚しようとしていたケイトクに、『女になったっぽいから男を作れ』というのは、いくらなんでも酷ではないか。
 ジルコーニはため息をついた。
 なぜならケイトクを最初に郭に連れて行ったのはジルコーニなのだから。
 そして三ヶ月前の結婚をサポートしていたのもジルコーニである。(それはケイトクが振られて終わったのだが)
 奇妙なめぐり合わせ。
 ジルコーニはここで思考を止めた。
 今すべきは先の目算である。奇怪な星のめぐり合わせとやらに囚われている暇はないのだ。
 ジルコーニは前髪を掻き揚げた。
 青い瞳が、夜になる直前のあの光で、冷たく輝いた。