男性化志望者とその友人 エピローグ

 いつもは静かな王宮前の広場だが、その日はにぎやかなどという生易しい言葉で言い尽くせないほどだった。
 バルコニーには花。紙ふぶきの用意も万全である。
「ケイトクはまだか?」
 ジルコーニはとっくにタキシードに着替え終わり、やきもきしていた。
 この王室の伝統にのっとり、花嫁衣裳は見ていなかったからだ。それどころか、婚礼の準備は完全に王室任せだった。
 ジルコーニの謹慎があけて一ヶ月半。それまでの四ヶ月で式の準備をすすめたが、本番はやはりばたばたしている。辺りでは『きゃあ!』だの『うわあ!』だの言う声が飛び交っていた。
「ああ。じいは…じいは感激でございますっ!」
 扉の向こうで、執事の声がする。
 静かにドアが開く。
 純白のウエディングドレス。人形のようだった。
「どうかな?」
 ジルコーニは言葉を失った。
「え…と」
 質素だが光沢のある生地で作られたそのドレスは、首周りが大きく露出していた。これまた質素なネックレス。ケイトクの人となりがよく分かる。
 『地味過ぎる』という声もあがっていた。だが、ジルコーニは思った。
──―――綺麗だな。これが俺のお嫁さんか…。
 ジルコーニがケイトクの言葉に答える前に、執事が割り込んだ。
「すっばらしぃ~ですよ。この私、アカエ様が隣国に嫁いでいったとき、『ああ、これで花嫁衣裳も見納め。じいの仕事も終わりですじゃ』と思っておりましたが…まさか、まさかこのようなことになるとは思いもよらなんだ…ま、まさに…まさに歓喜。まさに感激! ……うっうぅ…」
 執事は泣き出した。『そんなやつにかまっている暇はない』という空気が、周囲のメイドやら役人やらから漂った。
「ケイトク」
「ん?」
 ジルコーニは少し間を置いた。
「…本当にいいのか? 俺で」
 ケイトクは微笑んだ。
「そんな決り文句をここで聞くことになるとは思わなかったよ」
「ご両人、早く準備を。みんな待ってます」
 ゼタが声をかけた。にやにや笑っている。
「分かったってば」
 ケイトクはジルコーニの手を取った。
「普通逆だろ」
「僕らはこれでいいの」
 それで、いいんだ。
「新婦ケイトク・トウジキ国王陛下、ならびに新郎ジルコーニ・ダヤン殿!」
 広場の歓声。
 ジルコーニはケイトクの手を握り返す。
「…だなっ」
 二人はにやりと笑いあって、バルコニーへと駆け出した。