男性化志望者とその友人 37

「ジル、僕のコト好き?」
「ああ。好きだ。って、何回言わせれば気が済むんだお前は」
──―――いくらでも良いよ。
 口に出すには台詞が臭すぎた。
「さあ。何回がいいかな♪」
「そういうお前はどうなんだ、ケイトク」
 ジルコーニがケイトクを見下ろしている。
 愛してはいないのかもしれない。愛というのは、見返りを求めない。
 だから、あのバロッケリエール夫妻のように、『あなたが私を愛していなくても、私はあなたを愛している』などとは言えなかった。
 でも。
「…好きだよ。大好きだ」
 ケイトクは俯いた。ここに来てようやく、羞恥心が押し寄せる。
──―――だめだ。ジルの顔を見れない。
 そんなケイトクの顔を、無理やり上向かせて、ジルコーニはにやりと笑った。
「散々見られたから、今度は俺が見る番だ。ここから先は、俺の得意とするところだしな」
 ケイトクの顔と、ジルコーニの顔が近づく。
──―――うわあ。改めてやるとはずかしー…
 そして。
 ジルコーニの唇は。
 ケイトクの額に軽く触れ。
 ジルコーニは”長期休暇”の手続きをすべく、部屋を後にした。
──―――やっぱりジルだな。くそぅ。
 かくして、ケイトクがジルコーニとあーんなことやこーんなことやそーんなことをする日々が到来したのだった。
──―――これからまた忙しくなるなぁ…
 これで、いろいろと準備することやらやることやらが山積みになった。
 ケイトクは一人で満面の笑みを作った。
 
 
 
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 ちなみに、その時既にゼタは王宮を出ていた。
 部屋から漏れてくる話を聞いて、ある時点でさっと踵を返すと、こう呟いた。
「かえる。俺は家に帰る!」
 王宮を出て行くゼタとすれ違った人の話によると、その時、ゼタの瞳の中に、炎が宿っていたとか、いないとか。
 その後ゼタとその妻が、あーんなことやそーんなことやこーんなことをしたのかは分からない。それはプライバシーというやつだから。
 
 
 
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 バロッケリエール家の屋敷では、こんなことが起こっていた。
「あなた?」
 ウリエルはドアを開けた。デミアンが発狂したという知らせを聞いたからだった。デミアンが必死に守ろうとしていた家名はぼろぼろのようだ。反国王派という集団は、その軸であったデミアンを失い、瓦解したも同然である。
 だから、もう良いだろう。抑えられなかった。
 これで、もうずっと二人でいられるのだ。
「お帰り」
 そこにいたのは、いつものデミアンだった。どうやら好物のブランデーティーを飲んでいるようだ。
「…一体どういうことですの?」
 デミアンはにこりと微笑んだ。
「さて、あとはテレイアに屋敷を譲って、わしら二人は別荘に隠居するだけだな」
 ゆっくりと、デミアンはウリエルに近づいていった。
 ウリエルはそのとき、デミアンがしていることの意味を悟った。
──―――ほんと、強情なんだから。
 その一週間後、新たにバロッケリエール家当主となったテレイア・バロッケリエールは、オリーブなる女性との婚約を果たす。バロッケリエールに対する世間の注目は、あまり集まらなかった。
 前当主デミアンは、別荘に居を移し、別居中だった妻のもとで、その”介護”をうけながら生活している。
 二人で庭を散策したり、時には一緒に食事を作ったりと、”発狂した人間”の世話はなかなか”骨が折れる”そうだ。