カラス元帥とその妻 44

 舞踏会が終ったら、休みを取って、遅い新婚旅行に出かけよう。そう思って、舞踏会後はいつも以上に仕事に励んだ。休みの直前に、ある地方で不穏な動きがあるから、視察を装って調査してくれと陛下直々に頼まれた。
 俺は、頼むから休み明けにしてくれと言った。陛下は、『お前が仕事で私に何か要求するのは初めてだな』と言って笑った。
 休暇を取った話は出来たのだが、出張のことを言いそびれたまま、旅行に出ることになってしまった。
 孤児院時代の二人の知人に会った。
 アルファがアカエと二人きりで喋りたいと言った。アルファでなかったら恐らく俺は部屋を出てからも聞き耳を立てていただろう。その後アルファにこう言われた。
『お前、好きならまず告白からやろ。アカエさんにいっぺんでも好きやって言ってやったことあるんか? 安心できるようにさしたらなあかんやろが』
 聞き覚えのある台詞だった。だが安心とは? アカエにとっての俺は、心配されるほど大層な奴ではないだろう。
『そんなんやからお前、誤解されんねんぞ』
 誤解?
『…まあええ、そっちはええとしよ。でもな。もう一つのほうは、旅行に出る前に言っておくべきだっったんちゃうか?』
 確かに、休み明けすぐに長期出張があるのを言いそびれたのは申し訳ないが、今言ったらアカエは気にして旅行を楽しめないだろう。
『タイミングを逃し…』
 ん? 誰かが聞いている。誰だ?
『どないした?』
『いや。なんでもない』
 そのあとどういう流れかアルファの恋愛相談になった。俺はそういう星の下に生まれたのだろうかとも思った。アルファのところを出るときに、『上手くやれよ』と言っておいた。あれで色々複雑なやつだから。
 鏡が池に行ったとき、孤児院で散々聞かされたのが役に立った。話をした主はアカエの国で王宮魔法士をしているのだが、彼女はまだ気付いていないらしい。
 だが気付くのも近いだろう。そいつの名前はラムダなのだから。”ファイ””アルファ””ラムダ”…。古代文字だということに、アカエなら気付けるはずだ。
 メアリは相変らずだったが、メアリの指摘は的を射ていた。
 それでも、『無口なくせに馬鹿でやきもち焼きで肝心のことは口に出さないうえに体力と外交手腕っていう職務能力だけが取柄の巨大カラス』は、アカエのことが好きなのだから、仕方がないではないかと、開き直った。
 アカエがトイレに行った隙に、メアリはずいっと体を乗り出した。
『らぶらぶじゃん』
『一方通行だ』
 メアリは少し唖然としていた。
『…ばっかじゃないの!』
 そういわれても、事実バカなのだから仕方ないではないか。何が悪い。
『たった今アカエさんが焼餅焼いてたっていうのになんで気付かないかなぁ』
 トイレに立っただけで焼餅呼ばわりされては、アカエも迷惑極まりないだろう。
 それが本当だったようだと分かるのは、夜になってからアカエが『俺とメアリは何を話していたのか』と聞いてきたときだった。
 少し希望が見えてきたと浮かれた。
 次の日浮かれてワインを飲んだら記憶が飛んだ。記憶が飛んだとアカエに話したら、やけに嬉しそうだった。俺は何をしたのだろうか。未だに気になっている。
 家に帰ってきて、アカエに何時出張のことを言おうかと思った。
 当然、ばれるのが先だった。
 アカエは怒っていた。あたりまえだ。
 いつもこうやって言いそびれてしまう。大事なことほど、言いそびれてしまう。
 アカエに、『本当に、もう、いいですから』と言われて、何もかも終った気がした。自業自得だった。
 だから、出張先から出した手紙に返事が来るなんて思っていなかった。
 確かに内容はいいかげんだったが、踊り出したい気分だった。踊れないくせに。
 二度目の『手紙キテマース』の声に、完全無警戒で反応してしまったのは、俺らしくもない失態だった。
 でも、刺されたことも熱を出したことも、今こうしてベッドで横になっていることも、気にしていない。
 それは、アカエから毎日手紙が来ていたこと、そして今アカエが飛んできてくれて、ここで眠っていることからくる気持ちだった。
 マイケルに下がれと言おうと思って顔を挙げると、もうマイケルはいなかった。
 アカエの髪にそっと触れる。いつも通りアカエは微動だにしない。
 俺が知らないアカエがまだたくさんあるのだろう。そう思うと、悔しいようなわくわくするような、妙な気持ちにさせられる。
 だが、俺だけが知っているアカエもたくさんあるし、アカエが知らない俺もたくさんいるだろう。
 例えば、ほぼ毎日眠る前にアカエの背中にわざわざキスマークをつけている俺。(虫除けだ!)
 アカエの手料理は必ず批評を言うようにしている俺。(味わって食べないともったいないじゃないか!)
 王宮付近で会った少年に、『僕アカエ様と結婚する!』と宣言され、『アカエは俺のだ』と言って睨みつけた俺。(直後に少年が泣き出し、流石にやりすぎたと反省。)
 すべてこれから。いや、これからもお互い完全に分かり合うことは無いだろう。だからいいのだ。
 俺はこの人を愛していて、傍にいたい。ただそれだけだ。