翌日の夜、追伸が届いた。恐らく昨日の夜に書かれ、早馬で届けられたんだわ。いえ、そうに決まってる。
『元帥殿は、自室にて夫人からの手紙を読み返しており、手紙を届けに来たと言った男の声に反応し、即座に鍵を開けドアを開いた。
その男は暗殺者であり、咄嗟に元帥殿は体をひねったものの、元帥殿の左脇腹にナイフをつきたてた。
元帥殿は応援を呼ぶ声をあげ、ナイフを抜きながら暗殺者のそばを離れたものの、暗殺者はさらにクナイを投げ、二本中一本が元帥殿の左肩に命中した。
元帥殿は右手で腹部から抜いたナイフを、左手で近くにあったペーパーナイフを投げた。
ペーパーナイフのほうが暗殺者の頬をかすり、その間に元帥殿は剣をとったが、相手は元帥殿の右肩に振り下ろした。
剣は元帥殿の肩に食い込んだが、元帥殿は剣で暗殺者の片腕を切断したため、元帥殿の腕は無事であった。
最後に暗殺者は倒れながら元帥殿の足の動脈付近を残りのクナイで刺した。
このとき暗殺者は捕らえられたが、クナイは暗殺者が全体重をかけたため深く突き刺さっており、この部分の出血が多かった。
現在、元帥殿は医師の下で療養中。
現在、軽い熱が出ているが、本人の意識は回復している』
ああ、あの人も熱出すんだぁ…
って、熱!?
嘘…サイアクのパターンじゃない。
傷口が化膿したら、それこそ…。
今夜よね。じゃア、今夜がとうげ? もしかしたら早馬じゃなくってふつうのてがみかも。ダッタラもうとっくにトウゲは過ぎていて、カジムのようたいもキマっているのかも知れないワ。
…わたしは…ワタシはなにができる?
やっぱり、なにもできないんだわ。
どうせわたしには酒をあおるぐらいしかできないんだわ。
グレイが昨日買って来てくれたはずだから、飲めば落ち着くかも。いいえ、落ち着くわ。落ち着かなきゃいけないの。
あれ? いつものワインと違う。
「グレイ!」
イライラする。
「いつものと違うわ」
「それは…」
「何で?」
嫌がらせ? 品切れ? どっちでもいいわと思って、一口飲んだけど、やっぱり二流の味しかしない。
「旦那様に口止めされていたのですが」
え?
「あのワインは、旦那様がどこからかお買い求めになっていたものですから、私めは入手方法を存じ上げないのですよ」
うそ。
「アカエ様とご結婚なさる前に、アカエ様が大のお酒好きで、特にワインに目が無いという話を聞きつけた旦那様が、ご自分で買い付けていた品でして」
うそうそ。
「旦那様は、アカエ様とご結婚なさることを、『夢のようだ』とおっしゃっておりました。手の届く相手ではないのだと。自分のような卑しい者には、いつか愛想をつかしてしまうのではと」
うそうそうそ。
「政略結婚でなじまない環境にやってくるアカエ様を少しでも喜ばせたい、そのための努力は自分でしたいとおっしゃって、私が手配するといっても耳をお貸しにならなかった」
「だって私には何も」
「口に出したら、意味はなくなってしまいます。気恥ずかしかったのもあるでしょう。あの方のことですから」
ワインは一口飲んだだけで飲む気がしなくなった。
そのまま何も言わないで部屋に戻って、ベッドサイドで呆然とする。
私、馬鹿だ。
カジムはずうっと私のこと、大事にしてくれてたんだ。
最初ッから。私がなんとも思ってなかったときから。
刺されたのだって、私のせい。
私が書いたあんなつまらない手紙を読み返してくれてた。
愛人なんて絶対にいない。だから、あの人に手紙出すのなんて私しかいない。
だから、手紙を受け取りに出たってつまりそういうこと。
もっとまともなこと書けばよかった。毎日送っておけばよかった。
いなくなって、わかったこと。わかってしまったこと。
つらい。つらい。つらい。あの人がいないのが。
私のカジム・ファイ・クライングクロウがいないのが、つらい。
神様、生まれて初めて、あなたにお願いいたします。
どうかどうか、あの人を助けて。