カラス元帥とその妻 42

 二日後、熱は下がったという手紙を受け取った。
 確かに一安心はしたけれど、それからは無限の時間があった。毎日平穏に過ぎていくけれど、長い長い平穏だった。
 カジムには毎日手紙を書いた。
 でも、やっぱり前書いていたのとおんなじ感じで、取り留めの無い内容になっちゃうの。だって、書くようなことないんだもん。カジムいないし。
 カジムから返事は来ない。当然だよね。右肩、左肩、両方だもの。手を動かすのはかなり苦痛なはず。
 でも、カジムの怪我、後遺症残ったりしないわよね。特に脚。軍人やれなくなったら、あの人どうにかなっちゃうんじゃないのかな。
 いま、カジムはベッドで寝てるのよね、多分。何やってるんだろう。
 絶対安静のはずだから、辺りをうろうろとかもできないし、鍛錬なんてもってのほか。じゃあ、あの人やること無いじゃん。
 案外夜空でも眺めてるかも。
 ふとそう思った二日目あたりから、ぼおっと夜空を眺めて、手紙にはそのことを書き加えるようになった。
「アカエ様、最近夜遅いようですが…」
「え? そんなこと無いわよ」
 いや、ある。以前よりも二時間は減っている睡眠時間。恐らく青ざめている顔。
 そうして二週間経ったころ、軍からの手紙がきた。
 傷がだいぶ良くなってきたので、二、三日内に都に移動して、そちらで療養してもらうとのこと。
 つまり!
 …帰ってくる。カジムが。
 
 
 
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 ああ、そわそわする。
 今日の午後には戻ってくるはずなんだけど。
 迎えに行くとき、こっちの服がいいかな。ああ、でもでも、あんまり綺麗なの着ててもどうかっていうのもあるし。じゃあ、あの緑のがあるじゃん。でもやっぱりこっちも捨てがたい。
 カジム、変わってないよね。だってまだほら、出てってから一月足らずだしさ。
 私は?
 顔色悪いなぁ。だって、カジムが刺されたって聞いてから、あんまり眠れてなかったし。帰ってくるって聞いてからは、それはそれで眠れなかったし。
 こんな調子で、朝から何にも手につかない。
 やっぱり、マイケルに行かせるんじゃなくて、自分で街のほうへ行くべきだったかしら。ここにいるだけでじれったいもの。
 でも、一応私、身分高いし、あんまり街中うろついていてはいけないのよね。はぁ…。
 何かあったらマイケルが速攻で来てくれるはずなんだけど…。
「奥様!」
 うわ、マイケル! どうしたの! と、声には出さないが頭の中で咄嗟に思う。
「あ、の、です、ね、」
 息切れしている。
「ちょおっと…よていが、はやまった、みたいで、さっき、街に、戻って、今、王宮の、療養所に、はいりまして、」
 行かなきゃ。
 勢いよく立ち上がって、朝からおろしたままだった髪の毛をまとめ、外に出る。
 服? そんなもんどうでもいいわ。とにかくすぐに行きたいの。
「アカエ様!」
 ヤナの声がするけど、いいの。行くの。カジムに会いに行くの。
 すぐに行くの。
 帰ってきたら、『バカ!』って言ってやるって決めてた。
 ばか。ばか。ばか。ばか。ばか! よし、予行演習終わり。
 久しぶりに馬に飛び乗る。あの旅行以来。
 後ろでマイケルが慌てていた。だって、家には馬は二頭しかいない。うち一頭は、カジムの。つまり、今出払っている。だから、私がこれに乗ったら、もう。
 恐らくさっきマイケルが飛ばしてきただろうから、疲れてるだろうけど、我慢してね、お馬さん。
 慌ててマイケルが飛び乗った。速攻で発進。
「うわあ!」
 お前のことなんか知るか。落ちたくなけりゃつかまってろ。
 これだけ飛ばすの、何時以来だろ。嫁ぐ前、仕事から抜け出すのにやったことはあるけど、それ以来ってことだわ。
 ああ、もう。もっと速く。もっともっと速く。
「そこ、右です!」
 後ろで必死に道案内。でもね、安心して。こっちに来る前に、都の地図は暗記したから。それに、地理には詳しいほうなの。仕事抜け出すためにいろいろぶらついてたからね。
 風が頬を伝い、髪を伝い、流れている。
 視界がどんどん狭まって、目指すのはどこ?
 王宮の門は顔パスで開いた。みんな事情は知ってるみたい。
 馬で療養所の前に乗り付ける。きっと前代未聞なんだろうな。
 でもそんなのはどうでもいいの。会いたいの。カジムに。大好きなカジムに。
 あ。
 私、カジムが好きだ。
 愛してるんだ。
 ようやく分かった。
 でも、第一声は『バカ!』って言ってやるんだから。
 病室のドアを勢いよく開けると、カジムはベッドに横になって、驚いた顔をしていた。
 すき。
 だいすき。
 よかった。ほんとによかった。
 自然と笑みがこぼれた。
「…おかえりなさい」
 しまった。間違えた。『バカ!』って言うんだった。