カラス元帥とその妻 39

 押さえなきゃ。怒ってるみたいに聞こえちゃうから。事実怒ってるんだけど。
「あ…すまん。明日から家を空けることになってて」
 『なってて』?
「どれぐらい?」
 家の食卓に向かって歩きながら問い詰める。
「二週間」
 サイテー。
「軍の視察で、少々目立つ貴族勢力の牽制を兼ねて」
 『もう少し早くおっしゃってください、そういうことは』と言おうかなと思った。
「もう少し早く言おうと思っていたんだが、すまん」
 悪びれる様子もない。
 じゃあ、私は何?
 もういい。もういいわ。
「いえ、分かりましたわ」
 にっこり。ちょっと笑顔が強張ったかも。カラスさんに気付かれていませんように。
 ちなみに夕食は実に実に事務的でした。
 いつも通りにいただきますして、いつも通りに食べて、いつも通りに片付ける。ちょっと違ったのはいつもよりも空気の温度が低いかなってぐらいかな。
 怒ってるわよ。怒ってますとも。
 だって私は何?
 そりゃね、気を遣ってくれたのかもねってのもありよ。『旅行明けで速攻長期出張です』なーんて言われたら、こっちが気にして旅行楽しめないんじゃないかぐらいに思ったのかもね。
 でもそれは違うじゃん。
 だって私、これでもあなたの妻やってんのよ! ”あなたの妻”! どっちが失礼だと思ってんの!?
 いつも通り先にベッドに入ってまどろもうと試みたけど、イライラして駄目だった。
 起きようかな。どうしようかな。
 あ、カラスさん入ってきた。
 ふーんだ。知らないよーだ。
「アカエ、本当に、すまなかった」
「あなた、本当に、もう、いいですから」
 くるっと後ろを向いた。そして、ちょこっとしてから起き上がる。
「私、少し下にいますわ。まだ眠れそうにないみたい」
 うまく微笑を作れていますように。下に降りて、晩酌。つまりヤケ酒。
 カジム馬鹿カジム馬鹿ジム…
 だーーーー! わけわからん。
 もういいや。だって、もういいんだもん。
 そりゃ私、あなたのスケジュール管理してるわけでもないし、お仕事手伝ってるわけでもないわ。
 でももうちょっとマナーってものがないの?
 一言言ってくれれば、私、それでよかったの。『二週間ぐらい仕事で留守にする』って、もう一週間早く言ってくれてれば良かったの。
 一週間は贅沢ね。せめて旅行の前に言っておいてくれれば、全然オッケーだったのっ!
 私、あなたにとってただの雌なわけ? 旅行にいって機嫌取っておけばヤらせてくれる、ただの……。
 そっか。それで『これからしばらくはしない』わけ。そう。納得だわ。はは…。
 一緒に出かけて楽しかったのは、私だけ? 前よりもちょっとあなたのこと分かったかなって喜んでたのは私だけ?
 いいもん。明日、見送りなんてしてやらないんだから。ぐすん。
 
 
 
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 カジムは翌朝あっさり出発してしまった。私が起きたとき、もういなかった。
 出て行ってから思ったのだけれど、私、結構都合がいい考えしてたみたい。
 だって、嫁いできたときはこう思ってたもん。『浮気亭主もいたしかたない。うまく波風立てないでやればいい』ってさ。それを、自分で波風立てちゃうなんて。
 そもそも、私がカジムに何か期待されたいなんて考えたとこがおかしいわ。そんなの、前は何にもなかったのに。
 一週間後にはカジムから手紙が届いた。今視察四件目だということだった。
 が、本当にそれぐらいで、後は『体に気をつけろ』だのいうお決まりの文句が埋まっていた。
 カジムのちょっと下手糞な字が内容と見事にマッチしていて不思議。そしてもちろん、『返事をくれ』とは書いていなかった。
 でも一応返事はした。向こうも向こうならこっちもこっちよ、とばかりのテキトーな手紙で、私だったら読まずに捨てると思うような内容だけど。
 十日目までは、ホントあっという間で。
 朝起きたときにベッドが温かくないことと、夕食の席が少しがらんとしたぐらいで、とりわけ大きな変化はなかったの。
 だから、私、『あー、あと○○日で旦那が帰ってくるのねー』なんて、のん気に指折り数えていたの。
 ああ、送った手紙は軍を通じてちゃんと届いたかしら、ぐらいは思ったわね。
 カジムが刺された、という知らせが入ったのは、十一日目のこと。