カラス元帥とその妻 35

 カフェを出るとすぐに、カラスさんが待ち構えていた。
「話は済んだか」
 済みましたわよ、ご主人様。
 ああ、もう! なんだかむしゃくしゃするわ、この顔見てると。
「あ、いっけなーい。あの男のこと忘れてた」
 メアリの言葉は、ぜんぜん”いけない”などと思っていないみたいに聞こえる。
「私、これで失礼させてもらいます。アカエさん、お元気で。ファイ、がんばりなさいよぉ~」
 深緑色の長い髪を翻すメアリって、とっても綺麗。私もロングなんだけど、黒よりもやっぱり色がついてたほうがいいのかしら。
 カラスさん、いえ、カジム。そんなにじいっと後姿眺めないで。
「アカエ」
 返事なんてしてやらないんだから。だって…
「…あいつは何喋ったんだ」
「秘密、ですわ」
 にっこり微笑んでも、カジムは相変わらず。
「これからどうしますの?」
「すぐ隣の町が温泉地になっている。宿場町をぐるっとしてから、そちらで一泊しよう」
 温泉、かあ。そんな気分じゃないんだけど、汗流すとちょっとはすっきりするかしら。
 
 
 
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 あ~、スッキリ!!
 温泉ってサイコー!
 今いるのは宿にある浴場。家の風呂じゃあこんなに足のばせないよねぇ。
 それに、他の人と一緒に風呂に入るって、凄く新鮮。今までは、姫だからっていうことで、脱いだとこなんて見せられなかったもん。
 向こうの国では風呂に入るときはバスタオル巻いて入るものなんだけど、こっちは全部脱ぐんだって。最初ちょっと恥ずかしかったけど、慣れってすごいわ。全然平気になっちゃう。
 あ、そうそう。ちなみに今入ってるのは女湯だからね。
 カラスさんは混浴を主張したんだけど、ヤだって言ってつっぱねちゃった。しばらくカラスさんと離れて落ち着きたかったんだもん。いいでしょ、それぐらい。
 宿場町をぶらぶらしていたときは、まだメアリとカラスさんが頭の中でぐるぐる回っていて、正直あんまり楽しんでなかったけど、温泉でちょっと気分が盛り上がってきた。
 しかたないのよね。だって、付き合いの長さが違うし、私達、結婚してから一緒にいる時間、意外と少なかったし。
 じゃあ、その時間を増やせばいいのかしら。どうすると増えるのかしら。
 増えたらその間何をするのかしら。カラスさんの趣味って何? う゛~ん…
 あれ? ちょっと待って。これって、なんだか私がカラスさんのこと…
 まいっか。それは保留しておこう。ちょっとのぼせそうだわ。上がろう。
 あっつーい。薄手のワンピース、持ってきておいてよかったわ。でも汗で張り付いて気持ち悪い。
 こういうとき、ロングヘアはきつい。頭の上にまとめてはあるんだけど、はっきり言って邪魔。肌に張り付くし。乾かないし。重いし。
 浴場のドアを開けると、カラスさんも丁度出てきたところだったみたいで、まだガシガシ頭を拭いていた。
 もう晩御飯も食べたし、なんか温泉疲れしたみたいでだるいし、部屋に戻って寝るか。
「いきましょ」
「ん」
 カラスさんと並んで歩く。カラスさんもシャツが汗で張り付いていたけれど、部屋につくころには少し乾いたみたい。
 髪の毛はもう完全に乾いている様子。いいな、短髪。
 そうだ。私も髪切ろうかしら。思い切ってばさっと落とすと気分いいかも。
 部屋に入ってすぐにカーテンを開ける。空はあいにくの曇りで、雨も降ってきたみたい。私達が外にいるときは降ってなかったのに。運がよかったのね。
「あなた」
「どうかしたか」
「…メアリと何をお話ししてらしたんです?」
 一時停止。のち起動。
「…秘密だ」
 そんなに言いたくないことなの?
 まあいいけどね。私だってそりゃああなたに言えないこともあるし、これから出てくるかもしれないもの。
 ていうかそれ以前に自分のこと棚に上げすぎか。
 うわっ。
 いきなり後ろから抱きつくのはナシでしょ。
 しかも抱きついてから動かないのもナシでしょ。
 ただでさえ風呂上りで熱いのに!
「あーなーた」
「もう少し…このまま…」
 気のせいかしら。なんだかカラスさんが嬉しそうなんだけど。
 私、何かしたかな?