カラス元帥とその妻 33

 おはよう、さわやかな朝。
 いきなり朝ってどういうこと? と思うかもしれないけど、あの後ほんっとうになんにもしないでゴロゴロしてただけなの。
 …深く突っ込まないでね。”ゴロゴロ”ってとこには特に。
「今日はどうするのです?」
「少し移動して、もう一人昔馴染みの所へ寄っていく」
 カラスさん、そんなに昔馴染みいるの? こんなに無愛想で友達がいのなさそうなカラスさんにも、友情はあるのかしら。
「どんな方なんですの?」
「…困った奴」
 なんじゃそりゃ?
 
 
 
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 で、ここはどこ?
 海が見える。ただし、白い砂浜じゃなくって、明らかに漁師町。漁船の合間から、たった今陸に上がった男どもがわさわさしていた。さらに注釈つけるとすっごい日焼けしててカラスさん並の黒さ。
 移動距離はさほどでもなかったけど、行き先が良く分からないっていうだけで、もはや異世界に来たような気分。
 カラスさんは、ゆっくり右と左を見て、そのまままっすぐ進んでいく。
 私はグレイと並んで歩きながらちょこっと喋っていた。
「グレイ、何か行き先について聞いてない?」
「…一応少しは」
 だったらもうちょっと前もって喋って欲しかったよ、グレイ。
「今日は王宮魔法使いのメアリ・ラ・デストロ様にお会いになるおつもりだと」
 ああ、あの人か。
 結婚式で挨拶だけしたけど、向こうもこっちも人に囲まれててろくに話もできなかった。しかも、その後すぐにどこかへ出張しちゃったんだよね。
 へえ~、カラスさんの知り合いだったんだ。
 昔馴染み、ってことは、また孤児院がらみかしら。
 あ、もしかして。
 カラスさんは今回の旅行で、結婚報告兼ねて遅めの挨拶回りをしておこうと思ってるのかも。
 だって、クライングクロウ家って親戚とは疎遠だって聞いたし、だとするとカラスさんの親戚は、イコール孤児院の仲間ってことに。
 じゃあ私のこと、ちゃんと妻扱いしてくれてるってことかしらね。
 突然、カラスさんが止まる。必然的に、私もグレイも止まる。
 目の前にはいかにもな安宿。ドアは全開。そのまん前に立っている私たちには、中の会話は丸聞こえ。
「…ってわけで、もう調べはついてんのよ」
「ちっ、しかたねえ…!」
 三文小説並の台詞だわね。男の声の直後、刃物と刃物がぶつかりあう音が響く。
「なっ…」
 そして。
「…ふっざけんじゃないわよ!」
 カラスさんはその瞬間、私の手を引っ張った。
「まずい」
 馬を放り出したまま、向かいの建物の中に駆け込んで伏せた。
 と同時に、光が後ろで閃き、雷が落ちたような音がした。
「何?」
「メアリがキレたらしい。前よりはずいぶん大人しくなったが、あそこにいては危険だ」
 立ち上がりながら服の埃を払うカラスさん。いつのまにかついてきているグレイ。
 ”メアリ”と呼び捨てたところに少ーし妙な感じしたけど、それ以上に今いたところがどうなってるかが気になる。
 くるっと振り返る。こんがり黒焦げになった先ほどの安宿と、どう考えても落雷が直撃した感じの男が、縄でぐるぐる巻きにされて空中に浮かんでいた。
 死んでるのかしら。あっ、動いた。でもかなりぎりぎりっぽい。
 しゃがみこんだまま呆然としている私とカラスさんに、向こうが気付いたみたい。
「あっ! ファイ、あんたどーしたの? こんなド田舎で何やってんの?」
 と同時に、縛り上げられた男が地上二メートルから一気に落下した。悲痛な叫びには耳を貸さないようにしておこう。今は。
「あっ! アカエさんですよね。おひさしぶりでーっす!」
 未だに立ち上がれない私の両手を握って無理やり立ち上がらせ、ぶんぶん上下に振っている。
「メアリ、お前」
「あら、妬いた? 駄目ねー、ファイは。これぐらいのことで」
「アレはいいのか?」
 カラスさんは空中に再び浮かび上がった男のほうを指差した。男にはどうやら浮かび上がっては落ちるという魔法がかかっているらしいわね。
 …むごい。
「ああ、いいのいいの。しばらく放っとけば」
 ええ!? いいの!?
「違う、宿屋」
「…てへっ」
 おいおい。