カラス元帥とその妻 31

 で、結局ここはどこなのかしら。
 荷物をおよそ片付けて、外のレストランらしきところで食事もして、部屋に戻ってちょっと紅茶で一服中なのだけど。
 つまり、時刻は昼過ぎなわけ。
 カラスさんはぼーっとし始めてるし。グレイは別室だから、そっちでくつろいでるんだろうな。
 通常旅行って何するのかしら。
 だって、私、大使館とか王宮とか別荘とか邸宅にしか泊まったことないし。
 そんなことを考えてるうちに、紅茶すっかり冷めちゃったじゃん。カラスさんに聞いてみるべきかしら。
「…そろそろ行くか」
「え?」
 突然、カラスさんが立ち上がる。私は慌てて紅茶を一気飲み。
「どちらへ?」
「ついてこれば分かる」
 
 
 
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 グレイを一人にして、二人でお出かけ。
 こういう真似ができるのも、この人が軍人で、生半可なボディーガード雇うよりもずっと強いってことが分かってるから。
 でも、思えばこういうの、初めてだ。結婚してからどころか、生まれて初めて。
 今、私は、いわゆるデートってやつをしているのだ。
 これもカラスさんの計画なのかしら。知っててやってるのかしら。
 いつもお出かけにはいかつい護衛が二人はついていた。
 こっそり城を抜け出したこともあったが、見張りがいつでも後をつけているということも、二度目に抜け出したときには知っていた。
 あの国王と結婚していたら、この状況はありえなかったわけで。
 フツーの女の子たちみたく男の人と並んで歩く日が来るなんて、期待すらしてなかった。
 それもこれも、カラスさんのおかげなのかしら。
 宿が見えなくなってきた。目的地は離れてるのかしら。でも、馬をまた疲れさせるのも難だものね。
 先に見える森の周辺に、人がちょこちょこいる。ということは、何かあるということ。
「目的地はあれですの?」
「ああ」
 カラスさんはかなりゆっくり歩いてくれているらしい。だって、足の長さが違うんだもの。そっちがいつも通り歩いたら、私なんてたちまち置いてかれちゃう。
 まあ、私がカラスさんの腕をつかんでいる限り、それはないだろうな。私が遅れたら、私がこけるから。
 そしたらカラスさんはどうするんだろう。
 おぶってくれたりして。…それはないかな。
 森の中に入っても、カラスさんは何を言うわけでもなくてくてく歩いていく。
 こんな昼間っから、肝試しでもしようっていうの?
 もう三十分は歩いたかしら。疲れてきちゃった。それでも家で家事をやってるおかげで、前よりはだいぶ体力ついてるはずなんだけど。
 突然、視界が開けた。
 池だ。
 でも、それがとりわけ綺麗なわけでもない。むしろ、ちょっとばかり汚れてて、絵にはならない感じ。
 なのに辺りを見回すと、カップルらしきものがちらほら見える。今はもう旅行シーズンを過ぎたっていうにもかかわらず。
 なんか変よね。カラスさん、説明してよ。
 念力を込めてカラスさんを見上げた。
「…『鏡ヶ池物語』という話、知っているか?」
「ええ」
 どこの国にも、一つや二つは昔から伝わるおとぎ話や物語がある。私の故郷でいうなら、『魔女バーギリアとおかしな森』とか、『海賊ゼタ・ゼルダ』辺りが有名どころ。
 そしてこちらの国で有名な話の一つが、その『鏡ヶ池物語』。
 ストーリーは単純。同じ村に住む男女が、あるとき突然恋に目覚め、末永く幸せに暮らすってやつ。
 そして、そのなかで一番重要なロケーションが、鏡ヶ池。題名そのまんまだから、ちょっと興ざめ。
 そんな感じかな。っていっても、私の故郷ではあんまり知られてなくて、王侯貴族でもない限りわからないはず。カラスさん、私の教養を試してるの?
「…一応、ここがその鏡ヶ池だといわれている」
 胡散臭い。めっちゃめちゃ胡散臭いわ。だって、透き通った水色じゃなくって、緑色だし。中で誰かおぼれてても、全然わかんないわよ。
 物語では、愛し合う二人のうち一人が落ちたとき、残った一人の姿が水面に映らなくなるってことになってる。
 はっきり言って、『…え゛? この中に落ちるの』って感じ。そんなロマンを感じるような風景では、決してない。
 周りを見ても、そんなことしようとしてるカップルはいない。
 カラスさん、デートの場所の選定間違えたんじゃない?