カラス元帥とその妻 30

 気になる。
 旦那が何話してるのか、気になる。
 子供たちはとってもいい子達で、やんちゃ坊主もおっとり屋も泣き虫もおてんばもそろってるけど、やっぱり旦那が気になる。
 そもそも二人きりで話したいことってなによ。私に言えない事でもあるの?そりゃ、あるわよね。多分色々と。
 こんなとき、私がやるべきことは一つ。
 聞き耳を立てるしかないわ。そう。そうよ。
 子供たちはもう私抜きで遊んでるみたいだし。
 こっそりと窓に近寄った。
 二人の様子はごく落ち着いている。
「そんなんやからお前、誤解されんねんぞ」
 カラスさんは何も喋らない。
「…まあええ。そっちはええとしよ。でもな。もう一つのほうは、旅行に出る前に言っておくべきだっったんちゃうか?」
「タイミングを逃し…」
 カラスさんの言葉が途中で止まる。そして、足音。
 …まずいッ!!
 ささっと子供たちのところへ駆け寄った。
 気付かれてないといいけど。
 こっそり横目で見た。大丈夫。気付かれてなさげ。
 それから十分も経たないうちに、カラスさんが声をかけてきた。
「そろそろ行こう」
 ここから結構離れてるのだけど、よく聞こえる声だった。
「は~い」
 カラスさん、おっきい声出るのね。ぼそぼそ喋るところしか見たことないから、良くわかんなかったし、声小さいのかなと思ってた。
「じゃ、アカエさん、あのぼんくらでうすら馬鹿で間抜けなやつのこと、よろしく頼むで」
「ふふ…覚えておきますわ、でいいのかしら」
 ちらっとカラスさんを見上げた。
 カラスさんはふうっとため息をついて。
「…わかりました、でもかまわんぞ」
 言い終わるとすぐ、私は馬に乗り、カラスさんも馬に乗った。
「じゃあ、また」
「はいはい」
 そして、カラスさんはにやりと笑った。
「…上手くやれよ」
 そのまま返事も待たずに馬を走らせた。
 グレイはその後をついてくる。
 一体、何?
 ああ、もう、この台詞、この人と結婚してから何度思い浮かべたかしら。
 
 
 
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 到着。そして、今どこにいるかというと。
「どこなんです? ここは」
「後で話す」
 また? またそれですか。ついたんだから、言ってくれてもいいじゃん。
 どうやら宿屋が並んでいるみたい。でも街道からはずいぶん離れてるから、宿場町というわけでもなさそう。
 ということは、ここはリゾート地かしら。
 馬を引きながら、宿に見当をつける。そして、カラスさんはピタリと足を止めた。
 どうやら、ここにする気みたい。
「少し待ってろ」
 カラスさんは一人でつかつか入っていってしまった。
 中から何か声が聞こえる。値段交渉かしら。
 うわ。ちょっと嫌かも。だって、それってつまり、値切ってるんでしょ?
 ん~、確かにふっかけられるのもなんだけど、値切るほうがみっともない感じ。
「アカエ、グレイ」
 私とグレイに声をかける。
「じゃあ、馬を頼む」
 カラスさんは馬を宿の従業員の一人に牽かせていた。
「すまんな。宿の主人とちょっと」
「…値切ってたんですの?」
 照れくさそうな顔をしたカラスさん。ああ、やっぱりそうなのね。
「…俺の顔を知っていたらしくてな。『タダでいい』と言い張られた」
 今度は私がきょとんとする番だった。そういえばこの人元帥なんだから、この国ではなまじ国王よりも顔が割れてるのよね。
「結局、一割引きさせることになってしまった」
 今度はすまなそうにしている。こんなにこの人の顔って変わるのね。
 孤児院の子供たちが言ってたこと、分かる。
 私もカラス慣れしたのかしら。