カラス元帥とその妻 29

 アルファは急に息を潜める。
「奥さん、不思議に思ったこと、ありまへんか? 『なんで元帥なのに金がないのか』って。『もっと給料貰ってるだろ』って」
「…実は、何度か」
 でも、気にしないようにしてた。どこに使っているのか。気になって気になってしょうがなかったけど、気にしないようにしてた。
 聞くのが恐かったから。どこかの娼婦に入れあげてるんじゃないかとか、若紫作ってるのかとか、ギャンブルもありえる、とかとか。
「それ、ぜーんぶこの孤児院に寄付してるせいなんや」
「え?」
「国も金出してくれてはおるんや。でも国が思ってるよりもずうっと孤児は多い。没落貴族の子、先代に処刑された人らの子。今の国王になって、財政的にはずいぶん好転してる。でも、まだ足らんのや。その分、全部ファイのポケットマネーで賄っとる」
 どうりでお金が入らないはずだ。グレイが何も言わないのは、そういうわけがあったのね。
「そうでしたの…。でも何であの人話してくれなかったのかしら」
 私って、そんなに信用ないのかしら。
「ああ、そりゃあれやろ。あいつのことやから、善人ぶってるように見られたくなかったんやないか?」
「そうかもしれないけど…」
「あと、可能性としては…わいが話すことを予想してたんかもな」
「え?」
「わいの印象としては、アカエさん、切れ者みたいやし。ほら、浮気でもしてるんやったら、先に『孤児院に寄付してるんだ』ッつっておけば、浮気相手に金使っても、ばれにくい。最初にこの話をしたら、アカエさんだったら当然そこまで考えて、二度と自分のこと見てくれへんって思たんちゃうかな」
「私、そんなことまで気が回らなかったわ。それに…」
 おおっと。この先は言っちゃいけない。まさか言えないわ。浮気性亭主も想定済みだったなんて。
「自分はベタぼれでも、アカエさんとしては政略結婚。しかも王族だったお人や。ちょっと臆病になったんやろ。適当な頃合を見計らってここに連れてこれば、確実にわいが話す。第三者の言うことなら信用するだろう、というわけや」
「ベタぼれ?」
 一瞬、妙な沈黙が流れる。
「成る程」
「何が?」
「いや~、あいつ、やることなすこと間違ってるな~と思って」
「ですから、何が?」
「ナイショ」
 机をはさんで向かい合っているアルファのほうへ、ずずいっと体ごと寄ってみる。
「うわ。あかんって、アカエさん」
「どうして? 何が?」
「こんなとこ見られたら、わい、あいつに殺されてまう!」
 別に私はあんたとどうにかなろうなんてかけらも思ってないわ。
「そんなことしませんわ、あの人は」
「する。絶対する。ああ、もう。それもこれも全部ファイが悪いのに、何でわいがこんな目に…」
 どうも本気で言ってるみたいね。顔が真っ青。
「わかった。わかりましたわ。いいです。それは」
 そういって、元通り座りなおして、紅茶を一口。あ、カラスさん戻ってきた。
「あら、もう結構時間が経ってるわね。そろそろお暇しますわ」
 アルファさんは…もうすっかり元通りの顔色。よし。大丈夫。
「ちょっと待った。少しだけ、ファイと二人で話したいんや」
「あら、ごめんなさい。そういえば、あなたのお友達なのに、私ばっかり喋ってましたわ。二人の仲に水を差してはいけませんでしたわね」
 無表情な旦那とすれ違って、私は子供のいる外へ出た。
「あ、さっきのおねーさんだ」
「ほんとだーー」
「あなた、だれぇ?」
 質問攻め。でも、質問返し。
「ねえ、いっこ聞いてもいいかしら」
「「「「なあに?」」」」
「カジムのこと、好き?」
 旦那のことを名前で呼ぶと、ちょっと照れる。でもここの子達は『カジム』が誰を指すか、ちゃんと分かっているみたい。この子達は、あのカラスをどう思ってるの?
「うん!」
「いい人だよ」
「やさしいよ」
「しゃべんないけど」
「でも、考えてることが顔に出るんだよねー」
「ほんとほんと」
「あ、そういえばさぁ、さっき」
「だめだよ、それは喋っちゃいけないんだったら」
「ああ、そうだった。怒られちゃうよ」
 何のことかしら。
「ナイショにしといてあげるから、教えてくれる?」
 子供たちはうーんと考え込んだ。
「…やっぱり、だめだよ」
「うん。カジムと約束したもん」
 アルファさんの育てた子供たちは、本当にいい子だわ。くそっ。