カラス元帥とその妻 21

 ん? あれは、この間バーで潰した男四人のうち、最初に挑んできた奴じゃないですか?
 丁度私から見てホールの右手前で、ちょっと年いった感じの女の人とダンス中。どうやら、あの男は人妻専門ってことなのね。
 どこにでもいるんだよ、そういうちょっぴりマニアックで悪趣味な奴が。
 あら、あっちには二番目、おお、あれは三番目。四番目は…見当たらないな。
 みんな”張り切ってる”のね…。
 今更ながらあのときのことは感謝するわ。飲み代、払ってくれて。私が支払ったのは結局最後のバカルディ一杯。
 あなたたちの自業自得よね。私言ったもん。『つぶれたほうがお代払ってね』って。ま、四人で大体分割払いできるように、調節して飲んだだけありがたいと思って。
 でもカラスさんいないなぁ~。そもそも来ないかもしれないわね、ホールには。仕事を口実にしてでもダンスは嫌だってことかな。
 事前に嫌がってたんだから、来なくて当然か。それに、口実じゃなくても、仕事しないといけないかも。思った以上にいろんな人がいるみたいだから。さっき見つけた奴らとか。
 おおっと、来た来た。若い男。私にダンスのお誘いみたい。
「クライングクロウ夫人」
 若ーい! 可愛いー! って、叫びたいような感じの人。ふわふわ猫ッ毛の栗毛もいいけど、肌白いし、二重まぶたでクリクリの目もたまらんっ。
「お初にお目にかかります。私、テラ・ファタイユと申します。失礼と承知しておりますが、ぜひ一曲踊っていただけませんか?」
「ええ、いいですわよ」
 旦那がごついから、こういうのは目の保養になっていいかも♪
 テラ君が私の腰に手を廻し、そして曲がかかり始める。結構テンポは速い。
 お、こいつデキる…。
「流石に王族ですね。慣れていらっしゃる」
「生まれは関係ないわ。今回は偶々興がのっているだけです。そちらこそ、とってもエスコートお上手で」
「いえ。たいしたことは…」
 うそつけ。これだけ慣れるには、相当踊りこまないと無理。ただでさえ公の社交の機会が少ないこの国の状況を考えると、こいつは…
「ご謙遜なさらなくてもよろしくってよ」
「夫人には負けますよ」
 こいつは、プライベートのパーティーに出まくって、相当女つかんで遊んでるクチね。ちょっと気合入れてかからないとヤバいかな。
 あー、こんな事態になることさえ久しぶり。なつかしー。
「足首の飾り、素敵ですね」
 ほらきた。
「そう? ありがとう」
「新婚生活、羨ましい限りです」
「実際はそうでもないわよ」
「ふふ…そうは思えませんね」
 男の白い顔から、一筋の汗が流れるのが見える。
 目線は左に。その先には…カラスさん? ちょっと良くわかんない距離だけど、それっぽい。
「いいのかしらあの人。仕事のはずなんだけど」
「ふふふ。貴方のことが心配なんでしょう。もうすぐ曲も終わる。そうしたら、僕は退散しますよ」
 さっきよりも男の口調が早口になる。 
 曲が止む。
 すぐに男は私の腰から手を離した。むしろ、私から飛びのいたって感じに近い。ドレスの腰のところ。べったりと男の手の形に、汗がしみこんでいる。
 カラスさん、一体どんな顔してたのかしら。私には良くわからなかったんだけど、あんな図太そうな奴の手が汗びっしょりになるような顔、よね。
 そう思ったとき、彼はもう私の真横に来ていた。彼はかなりこわーーーい顔をしていた。んん。納得。
 男(もう名前忘れちゃった)は、そそくさといなくなってしまった。
「あなた、お仕事はいいの?」
「いい」
 怒ってる? 妬いた? でも、その前に。
「ところであなた、踊れるの? もうすぐ次の曲始まっちゃうけど」
 カラスさんの目つきが、威嚇のそれから、怯えるような慌てるようなものへと変わる。
 …やっぱだめなんじゃん。しかもそのことすら忘れてたって感じ。それってこっちの都合のいいように解釈していいのかな?
 でもとりあえず、ダンスは無理なのよね。無理なものは無理よね。仕方ない。一緒に会場出るか。
「あっちにいきましょうか」
「…いや、いい」
 ゆっくりと、というよりもおそるおそる私の腰に手を廻す彼。
「…いいの? ホントに?」
 たぶん次の曲はテンポ遅いだろうから、何とかなるかな。
「ん」
 ちょっとだけ、カラスさんの手に力が入る。
 筋肉質な人って、ダンス下手だってよく言うわよね。
「そう。わかった」
 いいわ。今回はあなたにめんじて、特別に、私がエスコートしてあげる。