カラス元帥とその妻 18

 いい朝。
 で、昨日はあれからどうなったのかというと。
 何もなかったわ。ええ。何も。お風呂に入って寝ただけ。
 しかも、二人同時にベッドイン! だったのに、何もなかったわ。
 ご期待に添えなくて申し訳ないわね。でも、何も、なかったの。
 二人とも疲れてたし、私は実を言うと家に帰ってくるところでもウツウツしてた。
 そういえばもうあと一週間しか残ってないのよね、舞踏会まで。だからといって何があるわけでもないか。
「いってらっしゃい」
「いってきます」
 ほら。いつもどおり…じゃなかった。
「奥様」
「なあに?」
 グレイが手にもっていたのは、一通の手紙。紋章は…。
「弟のだわ」
 グレイは、失礼と一言していなくなった。
 私は部屋へ戻った。いつもだったら早速掃除を始めるところなんだけど、予定変更。実の弟からの手紙とあっちゃあ、ね。
 でも懐かしいわ。この紋章。私も前は手紙出すときにこの紋章をつかってたもの。そうそう。封をするロウも、この色だったわね。
 ベリベリッ
 あ、失敗。切り口がゆがんだ。やっぱりナイフ使うべきだった。
 中身に損傷ないから、よしとしよう。
『拝啓 姉上さま
 こちらは…』
 ま、このへんはどうでもいいわよね。本題は?
『今度の舞踏会は参加できないのですが、都合がつけばそのうちお邪魔したく思う次第。姉上のそちらでの暮らし振りをしかと見届けたいと…』
 この文面、ちょっと厭味ね。『見届ける』なんて、自分が見てるうちに終わるみたいな言い方。なんか嫌なことあったのかしら?
 そりゃ、国王だもんね。当然ストレス溜まってるわよね。
 でも、見慣れた弟の字が嬉しい。
 あいつ来れるのかしら。…期待しないほうがよさそうね。
 それにこの状況見たら何て言うか…。
 さて、手紙はしまって、掃除するかぁ。
 
 
 
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 …だめだ。落ち込んできちゃった。
 だって、弟の手紙があんまりにも嬉しかったもんだから。
 うちは姉弟二人だけだった。
 お母様はあまり子育てに積極的ではなかったし、お父様はべたべただったけど、仕事が忙しくて顔を合わせることは少なかった。
 王宮の人は誰も信じられなかった。故郷とこの国が険悪だったから、王宮内にも色々な人が出回ったもんだったわね、あのころ。
 弟は即位して、私は結婚。お互いの生活があるから、顔を合わせることも滅多にないだろう。
 ブラコンかしら。私。…そうかも。
 だって、そうじゃなくたって、こう思うじゃない。
 カラスさんは夕べすっごくすっごく心配してくれてたみたいだったのに、今朝はいつもと変わらないし、それって実は大して心配じゃなかったのかな、とか。
 そんな風に思うと、弟が心配してくれてるっていう事実が余計に際立つの。
 誰でもそうじゃないかしら。誰かに心配されてるっていうだけで、嬉しいもの。
 私は…誰に心配されたいのかしら?
 …やっぱ、カラスさん?
 カラスさんはもう心配してくれてるわ。じゃあ、どうして欲しいのかしら、私は。
 ああ、忘れてた。手紙に返事出さなくちゃ。
 
 
 
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 よし、書き終わったぞ。
 うわ、もうお昼じゃん。
「アカエ様、ご飯ですよ」
「あ、ごめんなさい。今行くわ」
 トントンと階段を下りる。
「ただいま」
「ああ、おかえりなさい…えっ! あなた、どうしたの? こんな時間に」
 まだお昼よ。何で帰ってくるのかしら。
「今日は夜に予行演習をやることになってるんだ。王宮の警備の。だから、昼間は家に帰って休むことになってた」
「だったら…」
 だったら、言ってくれればいいのに。
「悪い。忘れていた」
 をいっ! そんな大事なこと、忘れるなよ!
「昨日話すつもりだったが、その…色々あったから…だから…」
 私のせい…かな、これは。酒場にのみに行って家にいなかった私のせい。
「こちらこそ、ごめんなさい」
「いや。いい。飯は食ってきた。上で休む」
「分かりましたわ。じゃあ、お休みなさい」
「お休み」
 あの人、お酒も飲まずに寝れるのかしら?