怪獣と赤髪の少女 9

 夏の強い日差しに緑が照り映え、ユリアンの家にもさわやかな風が吹き込んでいた。ゼタはいつものごとく家の中をあさっていた。剣が見つかって以来、めぼしい収穫はないが、暇に飽かせて読んでいた歴史書から、現在の世界の状態はおおよそ把握できた。
 大きな事としては、戦がここしばらく起きていないこと、魔法使いの数が減っていることの二つが上げられるだろう。ユリアンが妙に平和ボケしているのはそのせいか、と、ゼタは納得していた。
「ゼター」
「なにやってんの~?」
─────ああ、うるせえのがきた。
 ロイとヒーリが窓越しに声をかけた。もうずいぶん経っているが、ユリアンの実年齢事件以来、ゼタはこの二人と話す機会が増えた。
 あの二、三日後、この二人に聞いてみたら、二人が初めてユリアンに会って話したときに年齢の話になって、そのときユリアンが、『ほんとの年より若く見られるのがすごく嫌なのよね』と、かなりとげとげしい雰囲気で話していたので、それ以来年の話は避けていたのだそうだ。そして、あのゼタの発言に、『やばい』と感じて、急いで逃げだしたのだという。
 ゼタはそのとき自分がユリアンのことを知らないのを思い知った。そして今、もう一緒に住み始めて二ヶ月にもなるのに何も話さないユリアンにいらいらしていた。
 そもそも聞いてみる機会が少ない。ゼタが起きた時には、ユリアンはもう朝食をとって職場に行くだけという状態になっていたし、帰ってきたらすぐに洗濯ものを片付け、夕食を作って食べ、そのまま寝てしまう。食事中に聞いても、『あたしなんて特別変わったとこなんてないし、話しておかないといけないっていう事もないわよ。それより、今日はなんか分かったの?』で、終わりなのだ。
 二人は例によって外で本を読み始めた。この二人にも、ユリアンのことを聞いてみたのだが、『ユリアン本人から聞いたほうがいいんじゃないかなあ』と言うだけで、決して口を割らなかった。つまり、知っているということだ。
─────こいつらには教えられて、俺はだめなのかよ。
 我知らず口をへの字に結んだゼタは、窓越しに二人を見た。ユリアンのことを聞いたときに話していたのだが、この二人は”領主の息子”という肩書きのおかげで、今までろくに友達が出来なかったのだという。領主に取り入ろうとする人、憎む人さまざまだが、一線を超えてくることはなかった。ユリアンだけが、こんなに仲良くしてくれているのだ。よほどうれしかったのだろう。
 ポツ、ポツ
雨だ。二人は慌てて本を片付けていた。
─────中に入れてやるか。
 ゼタはドアの鍵を開けた。
「「サンキュー!ゼタ」」
 入り口で服の水滴を落として、椅子に座る。
「なあ、おまえらこんなにここに来てていいのかあ?」
 しばしの沈黙。前に述べた”三回抜け出すうち一回”がここだとしたら、ロイとヒーリは毎日屋敷を抜け出している計算になる。
「いけないよ、もちろん」
「でも……。ねえ」
なんとも曖昧な返事を返す二人に、すっきりしない感覚を覚えたゼタは問いただした。
「でも、なんだよ。なんか理由でもあんのか?」
外は真っ暗になって、雷鳴が響いている。激しい雨音。ヒーリはロイの顔をみた。ロイはまたそれを見返して、軽くうなずき、そしてきりだした。
「ユリ姉の親の話をしよう」