怪獣と赤髪の少女 10

「ユリ姉の家系は、ここの領主の家系なんだ。元々僕らの住んでる屋敷は、ユリ姉の家のものだったんだよ」
「でも、ユリ姉のじいちゃんにあたる人がひどいことばっかりしたらしいんだ。すごい重い税金かけて、お金をどんどん使って、自分は遊びほうけてたらしい。だから、町の人が反乱を起こしてユリ姉のじいちゃんを処刑して、僕らのじいちゃんが代わりに領主になったんだ」
「そのときに、ユリ姉のばあちゃんと、まだ小さかった領主の一人息子、つまりユリ姉の父さんは、小屋にしてたこの建物に追いだされたんだって。だから、ここから僕らの屋敷って近いんだよ」
「そのせいで、ユリ姉ん家は僕らが知ってる限りずっと、町の人から白い目で見られてきた。じいちゃんとかばあちゃんとかから伝わって、ユリ姉は何も関係ないのに、『極悪領主の孫』っていう扱いを、今でも受けてる」
「僕らだって、ユリ姉のことは噂で聞いてたんだもの。しかも両親も早くに亡くしてる。もうユリ姉を守ってくれる人はいないんだ。それでもユリ姉にはこの町を出てくだけのお金がないから、出て行けない。ずうっと、ずうっとひとりだろ」
「だから、ちょっとでもユリ姉が寂しくないように、来れるだけ来ようって」
 二人が代わる代わるしゃべるのを、ゼタはじっと聞いていた。だがこれで、ユリアンがしゃべらなかった理由が分かった。あの意地っ張りのことだ。”不幸の代名詞”を気取るのが、嫌でしょうがなかったのだろう。
「こんなことしゃべったってこと、ユリ姉には……」
「そのぐらい、分かってるって。ありがとな」
 ゼタは口の端の片一方だけをくいっと上にあげて笑った。
「……ねえ、ゼタ」
ヒーリが尋ねた。
「ゼタが本当に元人間だったとして、元に戻ったら、どうするの?」
「え?」
 唐突な、そして予想外の質問だった。正直、元に戻ることは考えていたけれど、その後はどうするのだろう。ただ、一つ言えるのは、ユリアンの家に留まることはあり得ない。
「あ、考えてなかったんだ」
ロイは窓の外を見た。もう雨はやんでいた。
「じゃ、今日はもう帰るよ」
「うん。そうだね」
顔を見合わせて、さっと立ち上がると、ドアを開けた。雨粒が日差しを反射して、きらきらとひかっている。
「……ゼタ」
「ん?」
「ユリ姉、ゼタが来てから前よりちょっとだけ、寂しそうじゃなくなったよ」
「そうか」
「ユリ姉のこと、見ててあげてね」
そういって目を伏せて、屋敷へと帰っていった。

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「ただいまあ~。って、ええ!?」
 家に戻ったユリアンが最初に口にしたのは、驚きの言葉だった。
「ゼ、ゼタが……ゼタが掃除を……」
「はん。どうよ。俺はやる時はやれる男だ」
 くびれが無いのでよくわからないが、雑巾を片手に、腰と思われる部分に手を当てて、胸を張るゼタ。床だけだが、きれいに拭かれていた。
「明日は雪ね。いや、雹かしら。」
「そこまで言う事ないだろうがよ」
口をとがらせるゼタのほうを向いて、ユリアンは言った。
「……ありがとね」
 初めて見る、ユリアンの本当の笑顔だった。
─────あれっ?
 ゼタはまだこの感情に気づいていない。