怪獣と赤髪の少女 7

「!」
声にならない声をあげるユリアンをよそに、ヒーリは言った。
「なーんだ。やっぱいつも通りじゃんかユリ姉」
「……当たり前じゃん。ロイとヒーリに隠すことなんてないわよ。ただ、ホコリまるけだからってこと」
─────セーフ!!そしてナイスだ、ゼタ!
ゼタはどこかに隠れたらしかった。ヒーリはチェッと呟いた。
「ホコリなんてどうでもいいよ。あ、なんだったら掃除手伝おうか」
ヒーリはいい案だと思っているようだ。それは困る、とも言えないが、二人とも中に入リたがっているようだったので、家に入ることにした。
「いいよいいよ。そんな気遣わなくても。じゃあせっかく来てくれたんだし、お茶にしよう」
「やったあ!ユリ姉の入れた紅茶が一番好きだもん」
「ロイもうれしいこと言ってくれるじゃないの。さあ、中に入ろっ」
 軽い口調を心がけながらも、ユリアンは手に汗を握っていた。
「で、前読んだこの本なんだけど……」
─────やっぱり。
 椅子に座るや否や二人の少年は話し出した。家の中に入りたがったのは、本の話をしたかったからだったようだ。
「この最初の『魔女バーギリアとおかしな森』の話で出てくる”クチダケオトコ”って、本当にいるの?」
「うーん、どうかなあ。少なくとも私は見たことないわねえ。それに、他に読んだことある本にも書いてなかったし」
 この二人の少年の父親、母親は、付き合いやらなにやらであまり家にいないうえに、典型的なエリート教育論者らしい。そのことは、二人を学校に通わせず、専属家庭教師をつけている辺りからも分かる。前の家庭教師はよかったのだが、三年前にやってきた新しい家庭教師は、少々厳しい手ほどきを行った。こんな俗っぽい小説の感想を言ってもろくに相手をしてくれないし、そもそも家に置くことも許さなかった。
 二人が悩んでいた時、ユリアンの家を見つけたのだ。以来二年半近く、ユリアンは家に入らなくても本が取り出せるようにしておき、二人はちょくちょく屋敷を抜け出しては、ここへ来て本を読み、ある時は感想やら意見やらをぶちまけて帰っていくのだ。無論、毎回ここに来ていてはばれてしまうので、三回に一度くらいにしていた。
─────でも、この場所はもうばれてるんだけどね。
 五ヶ月前に、二人の家庭教師らしき人物が訪ねてきていた。その人は、『うちの坊ちゃまがたがお勉強なさらないのはあなたがたぶらかしているからですわ』と、ぷりぷりしていた。確かその時は、父の本の中から飛び切り難しそうなのを引っ張り出して、『二人はこれを読みに来ているんです。いつか先生をあっと驚かせようと、内緒にしているんだと言ってました。子供の考えることですから、そっと見守ってあげてください』などという、我ながら気色の悪い嘘をついて追い返したのだった。その後しばらくして二人がきた時、最近急に勉強が難しくなった、と、ぼやいていたが、何とか双方に気づかれずにすんでいるらしい。
「……ねえ、ユリ姉ってば」
「ん?ああ、ごめんごめん。ちょっとボーっとしちゃって」
「ユリ姉、なんか疲れてない?」
「うん、なんかおかしいよ。だいじょうぶ?」
「あ、草刈りに気合入れすぎたんじゃない?」
「ユリ姉って、がんばり過ぎるとこあるもんね」
「やっぱ、休んだほうがいいんじゃないの、ユリ姉」
 二人は交互に言い合った。
「だいじょぶだって。で、今のの続き話してよ」
 その時だった。
 ハックション
 どこかからくしゃみの音が聞こえてきた。一同の間に沈黙が広がった。