怪獣と赤髪の少女 44

 ゼタはユリアンが泣いているのを見た。忍び足でユリアンに近寄る。ユリアンもまたゼタのほうに歩いていた。
「俺について来てくれるか?」
 ユリアンは無言で頷いた。
 ゼタはそれを見るなり、自分の剣を手にとった。もう片腕で、ユリアンを抱きかかえる。腰に、ゼタの腕の感触がした。少し上に、ゼタの顔がある。ただ、ゼタが窓のほうに向かって歩き出したため、ある不安がユリアンの脳裏を掠めた。
「ゼ、ゼタ。ここ、二階だよ」
 真っ青なユリアンに、にっと笑って、軽くキスをする。
 ユリアンは一気に真っ赤になった。ゼタもなんだか赤くなっているようだ。
 お互い照れ隠しのように笑った次の瞬間、ゼタはそのまま窓から飛び降りた。
 
 
 
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「ジルコーニ様!」
「どうした?」
「表にユリアン殿を抱きかかえた男が…」
 ジルコーニは血相を変えた。隣にはケイトクとマルコ。普段はあまりお目にかかれないメンバーだった。
「ああ!? なんで連れ出せんだよ!」
「賊は窓から進入し、窓から飛び降りたようで…」
─────あそこから飛んだ?
 ケイトクはマルコのほうを向いた。相変わらずの無表情。しかし、何故かケイトクに向けて、勝利者の臭いを放っていた。
「相手は相当の猛者のようですな」
一言。だが、ジルコーニとケイトクは既に王宮から飛び出していた。
「銀色の剣神のお手並み拝見といきましょう」
 マルコはもはや結果を確信しているようだった。
 
 
 
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「ただいま王宮の正門付近で戦闘中であります。騎士団員はほぼ全員狩り出されていますが、分隊長クラスですら歯が立たない状態です!」
 伝令がやってくる。ジルコーニは戦闘の中心部へと移動する。相手はユリアンを連れているわけだし、それ以前に一対多数である時点でこちらが確実に優勢になれるはずなのだ。
─────なぜ?
 ジルコーニとケイトクはついにその人物のところへやってきた。
─────あの剣!
 ユリアンが持ち込んだ怪刀だ。あの大きさ。それを、軽々と振り回していた。しかも、騎士団員を切りつけてはいない。一振りで武器を破壊し、最後は体術を用いて気絶させていた。それでいて、汗一つかいていない。もちろん、ユリアンは誰にも触れさせてはいなかった。
 そして、その人物は、ジルコーニの予想通り、あの銀髪だった。宵闇の月光できらめくその銀。思わず見とれている自分に気づく。
─────銀色の…剣神?
 一瞬、昔話の海賊を思い出した自分を、『馬鹿な』と打ち消す。ケイトクは、マルコのあの仮説を思い出していた。
─────まさか…
 マルコの言説になにか齟齬はあったろうか。そして、これほどまでに強い男が今まで噂にすら上らなかったこと、それは、マルコの説をより補強しうる事実だ。
「貴様っ! 一体何者だ!」
 先に声を出したのはジルコーニだった。その声は雄叫びにも聞こえる。そして、そのときには既に周囲にいた騎士団員は皆つっぷしていた。
「さあて、誰だろうね。王宮魔法士殿にはもうばれちゃってるみたいだけど」
皮肉っぽく答える。
「…ゼタ・ゼルダ」
ケイトクが呟いた。ジルコーニは目を見開いてケイトクをにらんだ。
「お前、何言ってんだ!? んなもん単なる昔話じゃねえか!」
 いつになく力が入る。
「ごめん、ジルコーニ。これは王宮の門外不出事項に関わることだったから、ジルコーニには喋れなかったんだ。マルコはどこかでその情報を手に入れて、ずいぶん前からゼタ・ゼルダについて調査していた。その結果、ゼタ・ゼルダは死んでなくて、しかも高度な魔法によって現在に蘇ったという仮説が生まれた。僕自身今までまったく信用していなかった。そんな夢物語。でも、目の前に現れてしまった」
「なんだよ…それ」
 ジルコーニは、目の前に先ほど自分が思い浮かべた銀色の剣神がいることよりも、ケイトクがその話を自分にしなかったことのほうにショックを受けていた。
 しかし、そんなジルコーニの目を、ケイトクは既に見てはいない。その目線の先にあるのは、ゼタ・ゼルダただ一人。
「君に決闘を申し込もう」
 ケイトクの申し入れに、ゼタは自分の剣を置いて、足元に倒れている騎士団員の剣を抜き取った。
「決闘なら、こっちだとフェアじゃねえからな。ユリアン、下がってろ」
 ユリアンは言われるがままに下がる。ゼタがここまで剣術に、いや、武術に長けているとは思っていなかった。が、今のユリアンには、そういったことよりも、ゼタが自分を選んでくれたこと、それが、嬉しくてならなかった。
─────あの女の人のことは、後で聞き出してやろう。
 今はゼタの勝利を、ただただ祈って。