怪獣と赤髪の少女 43

「ユリアンちゃん、昨日ケイトクに聞いたわよ。賭けするんだって?」
 今日はアカエと一緒に朝食を取ることになったのだ。アカエたっての要望だったらしい。
「はあ。まあ…」
 昨日はああ言ったものの、そもそも『もう会えない』と言ってきたのはゼタのほうだったのだから、やはり賭けは部が悪すぎる。それにもうゼタは好きな人が出来たようだったわけだから、ありえ無い話なのだ。
 それに、ゼタはユリアンが婚約を承諾したのを知らないのだ。考え始めると、何もかも無茶苦茶な気がした。その事をアカエに話すと、ああ、と一言言って、話し出した。
「ケイトクは告示っぽいのを出すつもりらしいわよ。相手の男に分かるように」
「え? 一体どうやって…」
 そのとき、この広い王宮の正門のほうから、飛び切り大きな声がした。
「告示ーーー! 赤髪の少女は預かったぁーーー! 連れ戻したくば今日明日中に取りに来ぉーーい!」
─────誘拐犯ですか!?
 まさかこんな方法とは。海賊でもあるまいし。ケイトクはいい国王だと思うが、なんだか節々が無茶苦茶な印象を受けた。しかも少し本人に自覚があるだけに始末が悪い。
「だって。来てくれるといいわね」
「え…アカエさんは…それでいいのですか?」
 ユリアンの気持ちを応援するようなことを言っていいのだろうか。アカエはケイトクの姉なのに。
「ああ、それはね、最初から思ってたことなのよ。確かにケイトクはユリアンちゃんのこと好きなようだけど、なんていうかな、姉の勘ってやつ? あいつ、”そこまでではない”って感じに見えるのよ。ユリアンちゃんを『結婚したい相手』なんじゃなくって、『結婚してもいい相手』っていうふうに見ているような…」
 ユリアンは正直に驚いた。
「それに加えるなら私自身の私情かしら。私って、ほら、一応姫だから。政略結婚が前提なのよね。だから、やっぱり好きな人と一緒になれる人は、絶対そのほうがいいと思うの。もちろん、私はもう昔っから言われてることだから、自分では納得してるんだけど…」
 やはりここ数日ユリアンが目にしてきた人々は、”王侯貴族”なのだ。
「まあ、ユリアンちゃんはそこらへんは気にしないで。喋っといて何なんだけどさ。やりたいようにやるのが一番なんじゃない? じゃあ、ご馳走様」
 仕事があるのよ、またじいに叱られちゃうわ、と言い残して、アカエは食事室を出た。ユリアンはアカエの話に聞き入っていて、まだ半分も食べていなかった。
 
 
 
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 あっという間に夜である。ユリアンは、”もしかしてもしかすると”が頭を掠めて、今日一日ぼおっとしていたことを後悔した。
 今日に限らず、王宮に来てからほとんど毎日、ユリアンは部屋にいなかった。街やら王宮ないやらを歩き回っていたからだ。だが、今日のようにゆっくり時間が取れるなら、王宮にある本を読み漁ることが出来た。
 ユリアンは元来本が好きだ。あの家にいた頃は、お金がなく、街には図書館がなかったため、あまり読むことが出来なかったが、何しろここは王宮である。ラナとヤナに案内された時、その蔵書の多さに度肝を抜かれているのだ。重ね重ね『しまった』としか言いようがなかった。
─────それに結局来なかったし。
 ケイトクの依頼で、部屋の前には先ほどまでジルコーニが立っており、部屋から出る時にはついて回っていた。今は交代して、外の衛兵になっているが、恐らくは王宮騎士団の人だろう。今日のジルコーニは、いつもの調子の良い感じが少し消え、代わりに真剣味が加わっていたように見えた。
─────この方がもてるんじゃないかな。
ユリアンがしげしげとジルコーニを眺めると、『俺に惚れた?』とか聞いてくるのだから、気のせいかもしれないが。
 ふと息をつく。あの街を思い出していた。
 この部屋は蝋燭で明るく照らされているが、あの頃は極限まで蝋燭を使わなかった。だから、部屋の窓からでもよく星が見えたものだ。窓から入ってくる月明かり、それが、実に明るく照らしてくれた。
 そういえば、自分は星を眺めた事などなかった。それは、自然と目に入ってくるものだったのだ。
─────たまには…いいかもしれない。
 そっと窓のほうを見やった。カーテンがはためいている。
─────あれ?
 ユリアンは、窓を開けた覚えはなかった。そして。
「よお」
 ユリアンは泣いた。
 銀髪の男がいた。