怪獣と赤髪の少女 45

─────くっ…
 強い。銀色の剣神ゼタ・ゼルダの力は、ケイトクの予想をはるかに上回っていた。
 ケイトクが繰り出す攻撃全てを紙一重でかわし、さらに交わした反動で反撃に出る。ケイトクが間一髪で受けても、すぐにまた別の手段を用いてくる。先ほどの大剣を操っているとは思えない、柔の剣。
 しかもゼタ・ゼルダは体術を使っていない。決闘という形ではなく実戦だったら、ケイトクは既に死んでいることだろう。
 そしてやはり、ゼタは汗一つかいていなかった。
─────手加減されているのか…
ケイトクは自分の剣術にそれなりの自信を持っていただけに、ショックだった。
 どれくらい打ち合ったろうか。ケイトクの体力に限界が近づいていた。
 横で見ていたジルコーニは、はらはらした。ケイトクは未だに性分化していない両性具有体である。二つの性を同時に維持することは、相当体に負担をかけることなのだ。つまり、一般的な成年男子より、体力が劣る。たとえどんなに鍛え上げたとしてもだ。
─────分化していたら…
 性分化をしていたところで、ケイトクに勝ち目はないことは明白だ。体力より、技量と才能の差だった。
 ケイトクは最後の一撃を放った。ゼタの目線がわずかにそれた瞬間、ゼタの右わき腹へと突きを繰り出した。
 カンッ
 ケイトクの剣が彼方へと弾かれる、小気味よい音が、辺りにこだました。
 そのまま、ケイトクはふらりと揺らぐと、地面にしゃがみ込んだ。
「ケイトク!」
 ジルコーニが駆け寄った。
「やられちゃった…」
 ケイトクのそれは、穏やかな笑みだった。
 それでは終わらなかった。ジルコーニには、ケイトクを心配することで抑えられていた欲求が湧き上がっていた。もはやそれは抑えきれない。
 ゆらり、と、ジルコーニは立ち上がる。
「勝負あった。ユリアンちゃんのことはもういい。ケイトクはもう決めたみたいだしな。だが俺の気が収まらん。曲がりなりにも騎士団長の名前しょってんだ。お前の本気が見てみたくなった」
 ユリアンは相変わらず不安げだ。ユリアンには先ほどの決闘でさえ、何がどうなっているのか全く分かっていなかった。ゼタが勝った、という事実だけが、ぼんやり浮かんでいる感じだ。
「わかった。騎士団長相手だしな。本気でいかせてもらう」
 ゼタの目つきが変わった。
「いざ」
 ジルコーニがゼタに向かった。
 勝負は一瞬。
 ジルコーニの剣は、ゼタのわき腹を狙っていたが、それは真っ二つニ折れていた。代わりにゼタの剣が、ジルコーニの喉を的確に捉えている。剣の切っ先は、喉に僅かにふれていた。一筋、血が流れる。
─────次元が、違う。
 ジルコーニが唇をかみ締めた。ケイトクはようやく立ち上がり、そして言った。
「僕は…これですっきり諦められるよ。ユリアンのこと」
「ケイトク陛下…」
 ユリアンはケイトクを見た。その距離は、隔たっていた。
「ユリアン、一つ約束してくれる?」
「…」
「これからも、僕と友達でいて。あと、ゼタ・ゼルダ。えっと、ゼタでいいね。ユリアンをよろしく。絶対にユリアンが泣くことがないように」
 ケイトクはゼタを睨みつけた。
 そして、ゼタは言った。
「無理だ」
「え?」
「絶対に泣かせないとは言えん」
 ケイトクの目に怒りの火が灯ろうとした。
「が、もし泣くことがあっても………泣いた十倍は…笑顔……で……いさせてやる…から……だから…」
 ゼタの顔は、順番に赤らんでいった。
 ユリアンは走った。
─────もうだめ。
 後ろから、ゼタに抱きついた。両腕をその体にまわす。
「お、おいっ!」
 ゼタは汗だくだった。これだけ多くの騎士達が誰一人出来なかったことを、ユリアンはいとも簡単にやってのけたのだ。ケイトクとジルコーニは苦笑いした。
「ゼタ」
「…ん」
 ゼタはユリアンの額に口付けた。