怪獣と赤髪の少女 42

 ゼタが王宮魔法士宅で食事をしている時、ユリアンもまたケイトクと食事をしていた。
「ユリアン」
「何ですか?」
「大丈夫?」
「へ?」
ユリアンは素っ頓狂な声を出した。
「だって僕と、その…結婚してくれるのは嬉しいよ。でもすごく辛そうだから」
 ユリアンは慌てた。辛いのは確かだ。結婚を承諾してから、頭の中はますますゼタで埋まっていった。ケイトクとこうして食事をしたり、王宮内を散策していても、頭の片隅からポンとゼタがうかんだ。あの声がするような気がした。それはどうやら相当顔に出ていたようだ。
「そんなことないですよ」
「じゃあ、嬉しい?」
 ユリアンは答えに詰まった。目の前に悲しそうな顔をしたケイトクがいた。
「…ユリアン、好きな人いる?」
答えられない。
「…無理しなくっていいんだよ」
「無理してるわけじゃないんです。ただ…」
ケイトクはじっとユリアンを見つめる。
「ふふ。やっぱりユリアンは分かりやすいなぁ。すごい顔に出てるよ。ジルコーニが行ってた通り、嘘はつけないね」
ケイトクは自嘲気味に笑った。
─────ごめんなさい…
 ユリアンはケイトクを傷つけた。それは、紛れもないことだった。
「いいんだ。結構無茶言ってたからね、僕も。それに、ユリアンが幸せになってくれるっていうのが、やっぱり一番だから」
下に向けていた目を、くっ、と、上向きにして、ユリアンを見る。
「ユリアン、僕のこと嫌い?」
「いいえ。好きです」
ケイトクの顔は少し和らいだ。
「そう。じゃあユリアン、一つ賭けをしないか?」
「賭け?」
「婚約発表までに、ユリアンが思ってる誰かがユリアンを王宮から無事連れ出したら、僕は君のことをすっぱり諦めよう。でも、来なかったり、連れ出す途中で君に手傷を負わせたりしたら、僕と結婚してくれ」
 ケイトクは真剣そのものだった。
─────来てくれる訳ないじゃない。やるだけ無駄よ。
頭の中では、そういう声が響いているのに、どこか別の場所から、もっと強い何かが叫んでいた。
 ユリアンはその”叫び”に従うことにした。
「分かりました」
「それでこそユリアンだ。じゃあ、お休み」
「お休みなさい」
 
 
 
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「と、いう訳だから」
「なーにが『と、いう訳だから』だ! まったく」
 ジルコーニはその日の夕食後、ケイトクに呼び出された。聞いてみればあろうことか、ユリアンと賭けをしたそうなのだ。
「あのな、婚約発表の告示が出た後、『はい中止になりました~』なんて、言えんだろうが」
「仕方ないだろ。さすがに明日明後日で、っていうのは、日程的にフェアじゃない」
 ケイトクは口を尖らせる。
「はいはい。で、俺に何をしろと?」
「ユリアンの警護」
「はあ!? んなことしたら相手の男ぜってえ連れ出せねえじゃねえか」
「いいんだよ。ユリアンの了解も取ってあるし」
「え?」
 これは妙である。ユリアンはジルコーニが王宮騎士団長だと知っているはずだ。だとしたら。
「ユリアンちゃんの相手はよっぽどの奴なんだな」
ジルコーニの脳裏に浮かんでいるのは銀髪の男ただ一人だった。
「まあ、それはさておき、お前、どうすんだ? いいかげん性分化してねえ上、結婚もしないなんて。どうにかしてるぜ。そのうちどっかの男に犯されちまうぞ」
「どういう理屈だ。結婚してないのはお前もだろ、ジルコーニ。それに僕だって剣術は結構いける。お前も知ってるだろ。犯されることはない」
「まあな。俺もいるしぃ? んじゃ、そーゆーことで~」
軽口を叩いて、二人は分かれた。
 ジルコーニはケイトクが楽しみを作ってくれたことに感謝した。