怪獣と赤髪の少女 41

「で、今に至るというわけだ」
 疲れた。ゼタは正直疲れていた。食卓につくやいなや、マルコはゼタを質問攻めにした。まさかこいつがこんなに喋るとは。ぐったりしながらも、ゼタはここに至るまでの経緯をおよそ話し終えてた。
 もちろん、マルコがゼタ・ゼルダを調べ始めた理由も聞いた。どうやらベータが手記を残していたらしい。驚くと同時に、ベータが孤児院を建てたことが分かり、嬉しくなった。あいつは夢を叶えたのだ。
「へ~。ユリアンっていうのねぇ、あの子」
 ゼタが疲れるのは、時折入るなんだか気の抜けた合いの手のせいでもあった。ミリーノの天然ぶりは、ゼタを翻弄した。おそらくはマルコもそうに違いない。
「まあ、そういうこと。ところでミリーノさんはどうして俺の話聞いてんのにこんなフツーに話せるの? だって、俺三百年も前の人間なんだぜ?」
 いつの間にやらタメ口でゼタは尋ねる。ミリーノは、相変わらずニコニコしていた。
「え? だって、三百年前がどうのこうのって、あんまり関係ないことじゃない。あなたは今そこにいる。それで十分じゃないかしら? それに私、お隣の国出身だから、あんまりゼタ・ゼルダのお話に馴染みもないし」
「じゃあ、隣国からここまで? またなんで?」
「私はこれで」
そこに来て、マルコはそそくさと奥の部屋へ引っ込んでいった。
「?」
ゼタがいぶかしんでいると、ミリーノは頬を赤らめていた。
「気にしないで。照れてるだけだから」
─────照れてる!?
 あの仏頂面が照れるとはどういう事情だろうと考えていると、さらにミリーノは加えた。
「あのねぇ、私達、隣国から駆け落ち同然に飛び出してきたのよ」
あんぐり開いたゼタの口は、しばらく閉まらなかった。えへへ、と、照れ笑いするミリーノと、先ほどのマルコの顔は、どうしても重ならなかった。
「そういうわけでね、なんだか事情がある感じの人がいると、私達のこと、いろいろ思い出すから…」
 しみじみ呟くこの女性からは、その過去があまり察せられないが、『駆け落ち』というからには、それなりに色々あったのだろう。ミリーノとしては、ゼタとユリアンのことに気づいて、ますます放って置けない、といったところらしかった。
─────まさかマルコには喋ってねえだろうなぁ…
 そうこうしているうちに、もう夜も遅くなっていた。
「じゃあ、これで俺は失礼します。今日はありがとうございました」
「全然いいのよぉ~。良かったらまた来て」
ミリーノが笑う。ゼタは二度と来ないで済みますようにとねがいながら、玄関を出て、ドアを閉めにかかった。
「じゃあ、また」
「ちょっと待て」
本日三度目の待てコールで、ゼタは一時停止した。マルコだ。
 マルコはミリーノを奥の部屋へやった。
「三日後、国王の婚約発表がある。日時は明後日発表だ」
 やはりミリーノはマルコにも、ユリアンのことを喋っていたようである。婚約者は確実にユリアンだ。だが、ゼタにとってはもう聞きたくないことだった。ミリーノがいる手前、嘘はつけなかったが、実を言うと、これまでの経緯を話していたときでさえ、ユリアン関係のことを話すのはつらかったのだ。
「で?」
ゼタは不機嫌に聞き返す。
「…いいのか?」
「何が? お前何が言いたい」
「チャンスを逃すなということだ。婚約発表が済んだら、もう後戻りは出来ないぞ」
「今でも後戻りは不可能なんだよ! お前、一体何なんだ?」
 自分にどうしろというのだ。そういう怒りがゼタに湧き起こる。
「何だよ!?」
沈黙するマルコに、再び聞き返す。
「もう分かると思ったんだがな。私が知っている伝承のゼタ・ゼルダは、もっと自分の欲求に正直な奴のようだったが?」
「お前に何がわかる?」
「私は、連れてきたぞ。もちろん連れてくる相手の了承を得て、だがな」
しばしの沈黙。
─────俺が今したいことは何だ?
『ユリアンに会いたい』
─────ユリアンが国王に取られてもいいのか?
『いやだ』
─────ユリアンは俺にとって何だ?
『大切なひと』
「じゃあな」
ゼタは一言呟いてドアを閉める。にやりと笑って、家へと走り出した。ようやく自分のするべきこと、いや、したいことが分かった。
─────タイムリミットはあと一日。