怪獣と赤髪の少女 40

「ホントに!?」
 涙いっぱいのミリーノが、突然至近距離に飛び込んできた。髪留めを差し出すと、ゼタの手ごと髪留めを握り締める。
「よかったぁ…」
 相当大切にしていたのだろう。ほっとしているのが一目瞭然だ。
─────大胆に手ぇ握ってるけどさあ、旦那いるんじゃねの? 今。
そう思って、家の奥を覗き込んだ。
─────げっ!!
 予想もしていない人物が、そこにいた。
「あったのか?」
 そう。そこにいたのは、あの王宮魔法士だったのだ。例の不機嫌そうな顔が、明らかに増長されていた。理由は恐らく、ミリーノがゼタの手を握っていること。
「うん! ありがとうございますぅ~」
 ミリーノは髪留めを受け取って、手を放すや否や、深々と頭を下げた。
「あ、い、いえ、その、じゃあ、これで…」
 王宮魔法士から一刻も早く遠ざかりたいゼタは、一、二歩後ずさりした。
「待て」
─────いやーー! こんなところで待てコールかよおおお!
 ゼタは胸中悲鳴を上げながらも、逃げるわけにもいかない。
「お前…どこかで…」
「人違いでしょう」
即答した。何しろこの人物には、舞踏会で見られているのだ。あれだけ視線を寄せられれば、ゼタが気づいて当然というぐらいだった。
「…」
─────かえって怪しまれたか?
「あの、じゃあ、これで!」
「待て」
「はい、何でしょうか?」
─────なんだよ!!
 本音と建前が交錯する。
「マルコ、そんなに引き止めたらダメよぅ。この方仕事中なんだから」
涙を拭きながら、ミリーノが王宮魔法士マルコをたしなめた。しかし、マルコはゼタの顔をじっと見やる。
「…やはりお前は…」
 マルコの表情が変わる。驚きと喜びが入り混じった表情。それは新発見をした学者そのものだった。
 マルコは帰ろうとするゼタの腕をつかみ、一つだけ質問をした。
「お前はゼタ・ゼルダか?」
 まさしく核心を突くものだった。ゼタは一瞬眉をひそめる。その一瞬で、マルコは何かを読み取った。
─────もうばれてんな。
 マルコはゼタが口を開く前に付け加えた。
「私はもしお前がそうだったとしても、どうにかしようとは思っていない。ただ、知りたいだけだ。国王には話したが、あいつは信用していない。安心しろ」
 ゼタはこの王宮魔法士を信じることにした。第一に、マルコはゼタのかつての仲間、ベータを凌ぐほどの魔力の持ち主である。ゼタから出ているわずかな魔力漏れをも、敏感に感じ取っているだろう。第二に、マルコは、ユリアンがきたときに持ちこんだ短剣の正体に気づいていた。あの時のマルコの声色は、今ゼタの顔を見たときと同様に、何か知っている物を目の当たりにした声立ったからだ。そして、決め手はゼタの経験則だ。
─────こんな目をする奴は嘘などつかんよ。
 ゼタは、それに賭けた。
「…ああ。そうだ」
言った。
「そうか…」
マルコはゼタの腕を放した。
「ついでに言うと、もう今日の仕事は上がりだ」
「……髪飾りの礼だ。飯ぐらい食っていけ」
 無表情で、ぶっきらぼうに言い放った。
「そうね。ご飯はみんなで食べたほうがいいし!」
 さっきの話を全て聞いていたはずのミリーノは、能天気にそういった。
─────こいつが奥さんの心配すんの、すげーわかるかも。
ゼタはニッと笑って、王宮魔法士宅へと乗り込んだ。