怪獣と赤髪の少女 39

「あの、この間の話なんですけど」
「? 何のこと?」
「…け、結婚の…」
 ユリアンは明くる日の朝、ケイトクに話を切り出した。
「ああ……」
しばし俯くケイトク。ユリアンもまた同じ行動を取った。恐る恐るではあったが、先に口火を切ったのは、ケイトクだ。
「で、どっちに?」
ケイトクはかなり真剣だ。当然である。
「…これからよろしくお願いします」
 ケイトクの顔中の筋肉が、一気にほころんでいく。何か言い出そうと、口を動かすのだが、声を出すまでには至らず、『あ』とも『えっと』ともつかない微妙な音を作った。
「良かった……でも、ホントに?」
「はい」
ユリアンは、『いいんです、もう』と付け加わりそうになったのを、胸の奥に押し込んだ。
「もうしばらくは婚約者って形を取らせてもらうよ。その代わり、そうだなぁ、一週間後ぐらいになるかな。婚約発表ってことで、ユリアンのお披露目式っぽいことをやることになると思う。また晩にでも話すよ」
 ケイトクはかなり高揚していた。じゃあ、と一言告げ、軽い足取りでどこかへいってしまった。おそらく、そういう式典を管理する役の者のところだろう。
 だが、ユリアンの胸に溜まった滓は、ますます増えていた。ユリアンは自分に言い聞かせるように呟く。
「これで良かったんだ」
 
 
 
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 ユリアンが国王にこう告げてから三日目の夕方。ゼタは相変わらず八百屋で働いていた。ただ、愛想よく笑うゼタにもまた、ユリアン同様に滓が溜まっていた。
─────ユリアンは……あああ! 職務怠慢!
 ほんの少し客足が途切れただけでもこの調子である。
「すいませ~ん」
「ああ、今日は何を?」
いつものあの若い客だ。度々自分に話し掛けてくるが、あの時以来、ユリアン関係の話は出てこなかった。
「星ぶどうと…そうねぇ…よし。トマト。それと、このヒレ茸で」
「はいはい。毎度あり~」
 今日は急ぎなのか、軽く会釈をして走っていってしまった。しかし、走り去るときに、何かが落ちた。見ると、その足元には妙な物体がある。
─────なんだ、こりゃ。
 髪留めが落ちていた。素材はべっ甲のように見えたが、色は透明だ。しかもバラの花の細工が施してあった。ゼタは見たこともない品だが、なんとなく高価な物のような気がした。
「おやっさん、さっきのお客さんが、これ」
そう言うと、八百屋の店主は答えた。
「さっきの、と言うと…ああ、ミリーノちゃんかな。その髪留め、いっつもつけてるんだよな。きっとお気に入りなんだろう。あの子の家、すぐそこだから、届けてやんな。今日もう遅えから、それ届けたら帰っちゃっていいぞ。後はやっとく」
─────二日と開けずに来るなら、持ってくこと無いんじゃねえの?
そうは思ったものの、店主の言いつけである。気乗りしないながらも、道を聞いて、その客の家へと向かった。
 ほんの八百屋から五分歩いたかどうかのところに、その家はあった。中から何か声が聞こえた。女の声と、もう一人はどうやら男のようだ。男は穏やかに話しているが、女のほうは泣き声だ。好奇心から、玄関を叩く前に少し聞き耳を立てた。
「…っく……だってぇ…せっかく…マルコに作ってもらったのにぃ…」
「そんなに泣くな。とりあえず街を探して見ればいいだろう。それでもなかったら、また、私が作ってやるから。な」
 どうやらミリーノとやらをその夫が宥めているようだ。どう考えても原因は、今ゼタが持っている髪飾り。ゼタはドアをノックした。
「はい」
男の声だ。気のせいか、どこかで聞いたことがある気がする。
「あの、八百屋ですが、先ほど髪飾りを落としていかれたようなので…」
 いきなりドアが開いた。