怪獣と赤髪の少女 36

「オヤジ、カリントゥー三つ」
「おう、”ニイチャン”久しぶりだねぇ」
 ”ニイチャン”の部分に何か含み笑いのようなものを混ぜ込んで、その人は言った。ユリアンは、変装が街の人にばれていることを確信した。
「あいよ、三つね。おりょ? そこのカワイコチャンはどうしたんだい?」
「ああ、俺んちの新入りメイド。田舎から出てきたばっかでな。案内してくれる知り合いもいねえんだってよ」
 ジルコーニは流れるような嘘つきっぷりで、ユリアンの素性をさらりとカバーした。
「そうかい。じゃあ、今日は都をたっぷり満喫してってな、嬢ちゃん。ほい、カリントゥー。嬢ちゃんかわいいから、一個おまけな」
 案の定、年を間違えられているようだが、この際それは言いっこなしだ。
「ありがとうございます!」
三人は勢いよくカリントゥーを頬張った。
 
 
 
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「へい、らっしゃい」
 一夜にして完璧に八百屋になったゼタは、そのころ、やってきたお客のために野菜を袋詰していた。
「あのぉ、あとこれも…」
「はいはい、お目が高いねえ、お客さん。今朝入ったとこの、上物だよ、そのキャベツは」
 そういいながら、ふっと客の向こうを見た。信じられないものが目に映る。
─────ユリアン?
 赤毛の三つ編み。横には二人の男。口ひげに帽子の男と、もう一人はどこかの貴族といった風貌。
─────国王と、ジルコーニとかいうやつか? お忍び…ってやつか。
三人はおいしそうに何か頬張っていた。ユリアンが笑っているのが見えた。
「あのぉ」
「おおっと、すんません。ちょっと知り合いに似た人がいたもんで」
ゼタは自分がぼおっとしていたことを詫びた。
「赤髪で三つ編みの子?」
「え?」
「なんだかあなたの顔つきが違ったんですもの。あの子のこと好きなの?」
 客の言葉は唐突だったが、図星だ。ゼタがぽかんとしていると、まだ若いその客は微笑んだ。
「他人のことってよく分かるものよ。じゃあ、お代金これで」
「あ、ま、まいどあり」
ぽかんとするゼタをよそに、その客はとことこ歩いていった。
─────店のお客に気づかれるほど顔に出てたのか。
 ゼタは今までめったにそんなことが無かった。向こうを向くと、もう三人はいなくなっていた。
 都に来たからには、街を見ていかない手はない。当然と言えば当然なのだ。だが、まだゼタの心は揺れていた。
─────楽しそうだったな、ユリアン。
 久々に見たユリアンの笑顔は、自分ではなくあの二人に向いていて。もう自分に向くことはないのだと思うのだが。
 ゼタは、ふうっと息を吐き出した。息とともに、陰鬱な気分を吐き出すように。
─────気合気合。
スイッチを切り替え、ゼタはまた客をさばき始めた。
 
 
 
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「ぷへえ」
ユリアンは部屋に入るなり、気の抜けた声を上げた。
─────結局ゼタが見つからないなんて……
 お菓子を食べてからもずっと目を配っていたのだが、あんな人ごみで、そう簡単には無理と言うもの。しかもユリアンはゼタが髪の毛を染めているとは知らないから、銀髪を目安にして探していた。見つかるはずはない。おかげで、ユリアンの昨日の決意は水の泡であった。
─────また街に出れるかしら。
一目あの顔を見れば決心がつく。ユリアンはそう思っていた。