怪獣と赤髪の少女 35

 太陽がほぼ真上に昇った頃。街は昼休みの人々で賑わい、活気にあふれていたが、同じ頃、王宮の入り口付近に、帽子をかぶり、めがねをかけ、口ひげを生やした若い金髪の男がやってきた。その先には赤毛の三つ編みをした少女が立っている。
「お待たせ」
付け髭までして変装したケイトクは、そう言って、ユリアンに近づいた。
「あの、その格好は…」
「街へ行く時は変装して行かないと、えらいことになっちゃうからね」
─────バレバレ!
ユリアンが見てもそう思うである。恐らく街の人々は分かっていて気づかないふりをしてくれているのだろう。
「じゃあ、行こうか」
 二人はゆっくりと歩き出した。が。
「俺を置いてくってのはひどいんじゃない?」
ジルコーニが立っていた。こちらはケイトクと違って一見分からないほどに変装できている。
「やっぱりダメか」
ケイトクはため息をついた。
「当たり前。曲がりなりにもお前、国王なんだからな。ユリアンちゃんもいるわけだし、護衛がいないとまずいだろ」
「…ユリアン、こぶ付で勘弁してね」
 そして改めて、三人は歩き出した。
 
 
 
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「すごい人! 都って、いつもこんなにいっぱい人がいるんですか?」
 ユリアンのいた街で行われたあの豊穣祭のときと変わらない程の人が、ここにいる。都についてから、王宮の中しか見ていなかったので、ユリアンの目は輝きを増していた。経済レベルは、あの街より幾分上ではあるが、今来ているのは庶民の街なのだ。
「今は昼時だからね。もうしばらくしたら少し空くよ」
 ケイトクもまた、久しぶりのお忍びとあってか、気分は上々だった。もちろんユリアン効果は無視できないが。
「あっ! 星ぶどうってこんなとこでも売ってるんだ。 あっちの小物、かわいー! わあ、あのお店はなあに?」
 実を言うと、ユリアンは自分の故郷でさえ、街をぶらぶらするなどということをしたことが無かった。お金もなかったし、街へ出たら何を言われるか分かったものではなかった。必要最低限の服や調味料は買っていたが、アクセサリーだとか、お菓子だとかとは、無縁の生活だったのである。ユリアンはここへ来て初めて”普通の女の子”になれた気がした。
 ケイトクは、はしゃぐユリアンに説明するので大忙しだったが、ジルコーニの様子も気がかりだった。先日の舞踏会の辺りから、なんだか様子がおかしい。街へ来たら、普段のジルコーニならばもっとよく喋るのに、今日は話に入ってこない。ケイトクが説明しているだけだから、割って入るのも良くないと考えている可能性もあるが、ジルコーニがそのような気を遣うこと自体がおかしかった。
「ユリアン、なんか食べようか」
「えっ? 良いんですか?」
 数日前ならば、『いえ、いいですよ、そんな』と恐縮していただろうが、浮かれているせいもあって、ケイトクの提案にかなり乗り気である。
「じゃあ、あそこの…」
「カリントゥーがいい」
ジルコーニがすかさず要求する。ようやくジルコーニが口を開いたので、ケイトクは少しほっとした。
「またか」
「いいだろ。好きなんだから。ユリアンちゃんは食べたことある? カリントゥー」
「あ、はい。すごぉく昔に」
 そう言うと、ユリアンの表情が少しかげった。幼い頃、誕生日のときにだけ父が買って来てくれたのだ。だが、その父がいなくなってから、甘いものはほとんど食べていない。砂糖は調味料の中でも値が張るし、お菓子もまたしかり、である。
 ケイトクは、そのわずかなかげりを見て取り、
「やっぱり止めよう」
と、言った。ジルコーニも、それに反論しなかった。
「いえ、いいです。私もカリントゥーは好物ですから。ただ、お金なくってなかなか買えなかったから、ちょっと感傷に浸っちゃったっていうか…」
 ユリアンの言っていることは事実である。ケイトクもジルコーニも、以前ユリアンが着ていた服を思い浮かべ、『お金がなくて買えない』という台詞に嘘はないと確信した。しかし、カリントゥーは、街で売られている駄菓子類の中でも安いほうだ。これが買えなかったとなると、ユリアンの困窮具合は相当のものである。
「んじゃあ、決定。カリントゥーな」