怪獣と赤髪の少女 34

─────すごい人だなあ。
 アカエが立ち去った後、しみじみこう思った。何しろ一般市民に向かって国王の友達になってくれと言ってきたのである。ただ、おかげでこの国の頂上に立つ人達は、身分をあまり気にしていないようだということが分かった。そこで、ユリアンの気持ちは、明日の街見物に移った。
─────明日。
 今朝ケイトクに街を見て回りたいと言った理由は、一つは本当に単なる観光だ。もう一つは言わずと知れたこと。ゼタを探しに、である。
 探して何がどうなるわけではない。ただ、ふんぎりをつけたいのだ。ユリアンは、自分がゼタのことを好きなのは分かっていた。ただ、昨日のゼタが言った通りだと思うところも確かにあった。あの国王となら、結婚しても楽しくやっていける気がした。それならばいっそ…。そういう気持ちは、ユリアンの中に確かに存在していた。
─────そもそも贅沢よね。国王とゼタを天秤にかけるなんて。
 こんなことを考えているうちに、部屋に戻ってきていた。一人でベッドに倒れこむ。
『お帰り』
 あの街にいたころのように、ゼタが声をかけてくれることはもうないのだ。昨日と違って、今日は涙は出なかった。
─────明日、決めよう。
 
 
 
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「すんませーん」
「あいよっ! なんだい。ニイチャン」
 威勢のいい声がする。ゼタは今、街の八百屋にやって来ていた。
「あの、表の張り紙、まだ有効ですか?」
「ああ、あの求人のことな。モチのロンよぅ。何せ朝早えぇからなあ。今時の若いもんは寄り付かなくってよ。こっちも困り果ててたとこなんだよ」
「あの、じゃあ、今日からでも雇ってもらえませんか」
「おう。わぁかった。じゃあ、早速これを運んでもらおうか」
─────早っ!
 内心驚いたが、それを顔には出さない。
「はい」
 ゼタの就職は、あまりにあっさり決まった。部屋は今朝見つけてきた。ロイとヒーリにもらったあの金が役に立った。髪も、黒く染めた。銀髪はこの国には少ないため、目立ちすぎる。
─────今ごろユリアンは…
その考えを、慌てて打ち消した。
─────今更、何だ。
 昨日ユリアンを突き放してきたのは自分だ。本当に今更である。だが、それもすぐに忘れるだろう。ここでしばらく働いて金を貯めたら、都から出て行こう。そういうつもりだった。
「次はこれな。終わったら、こっち」
「あいよっ」
 ゼタはユリアンと違って他のことが手につかないわけではなかった。むしろ、すんなり仕事を覚えていっている。ただ、どこか空虚な感覚が、いつまでも付きまとった。
 その日一日の仕事が終わり、契約書にサインして、ゼタは正式に従業員となった。名前は…ゼタ・チリカベータにしていおいた。ゼタという名前自体は、良くある名前だ。今までと呼び方が変わると、しばらく違和感を感じる。昔海賊としていろいろやった頃でも、それが嫌だった。だから、苗字はともかく、名前だけは変えたくなかった。
─────二、三ヶ月で、街を出られるかな。
 
 
 
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 月が出ていた。満月。ジルコーニは、部屋の窓を開け、外を眺めた。
─────あの銀髪…あれは誰だ。
 舞踏会の時にいた銀髪の男。ジルコーニはケイトクと違って記憶力には自信があった。そのジルコーニの記憶に、その男はいなかった。
 ケイトクはさほど気にしていないようだったが、あの身のこなし。会場を出て行くところをじっと目で追ったが、その男はあのごみごみした会場内で、なんと誰とも肩をぶつけなかったのだ。しかも途中で一度目が合った。
 あの様子だと、こちらが見ていたことに気づいている。どう考えても、気配を読まれていた。武術に相当長けていないと、あんな真似は出来まい。
 殺気が無く、国王に近寄る事も無く、その他の者に危害を加えるような様子も無かったため、そのときはほかっておいたのだった。
 ユリアンのことも気がかりだった。あの剣が出てきた時、ユリアンは剣の出所に関して、嘘をついていた。ジルコーニは、自分がよく嘘をつくうえに、他人の嘘を見破るのも得意だった。
 ユリアンのようなお人よし体質が嘘をついているかどうかなど、一発だ。ジルコーニとしては、ケイトクがなぜ気づかないのか、不思議でならないぐらいだ。いつものケイトクなら気づいているだろう。
─────恋は盲目? ケイトクにもお人よしが伝染したか?
 両方だろう。そう結論付けることにした。