怪獣と赤髪の少女 33

 あの舞踏会から一夜が明けて、王宮内にはいつもの静けさが広がっていた。
『あの剣には、旧式の魔法防止呪文だけににわざと引っかかるような魔法をかけたのですよ、魔法使いは。ゼタ・ゼルダが、蘇ってから”万が一”王宮に足を運ばざるを得なくなった時に、どの程度の王宮魔法士がいるのか分かるように。さらにゼタ・ゼルダ自身には三百年先の魔法の発展方向を読んでかけた。この魔法使いは…奇跡とも言える所業をやってのけている。目的は一つ。ゼタ・ゼルダが蘇った時代でその地位を取り戻すことです』
「…よく分からんな、あれは」
ケイトクはひとりごちた。昨夜の王宮魔法士の興奮具合は、これまでに類を見ないほどだった。何しろ”あの”王宮魔法士が笑ったのだ。ケイトク自身、これまで無表情以外の感情表現は、嘲笑的な笑いを漏らす姿、眉間にしわを寄せる顔、そして怒っているところの三つしか見たところがなかった。
 しかし、ケイトクはその推論を信用していなかった。第一ゼタ・ゼルダが生きていたところでどうなるというのだ。二重刑罰の禁止規定が確立された今、再び打ち首にすることは出来ないし、する必要もない。そう思っていた。さらにゼタ・ゼルダが地位を取り戻しても、害はないだろう。もちろん、名前がそのままだといろいろ問題があるが、そこさえ変えてしまえばむしろ国にとっては利益ではないだろうか。なにしろ腕が立つことは確かなのだから。
 ただ一つ気がかりなのは、昨日そのいわくありげな男が”ユリアンと”踊っていたと言うことだ。その男がゼタ・ゼルダなのかどうかは、正直どうでも良かった。
─────でも明日はユリアンと出かけるんだもんね。
 今朝食事をとっているときに、ユリアンから、街を見て回りたいという申し出があったのだ。本当はすぐにでも行きたいのだが、生憎政務が溜まっているので、明日に伸ばさなければならなかった。今ごろユリアンは、メイドに連れられて王宮内を歩いているところだろう。王宮内といっても、ぐるっと回ればかなり時間がかかる。今後どうなるかはまだ返事が来ていないが、もし結婚という事になるのならば、王宮内部の位置関係を早めに把握しておくに越したことはない。
─────明日♪
 完全に浮かれ心地の国王であった。
 
 
 
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 そのころユリアンは、中庭の木陰で一休みしているところだった。ラナとヤナは、しきりに王宮内の話をしてくれたが、それはユリアンの耳から耳へと抜けていった。
「…ン? ユリアン?」
「…っえ? 何?」
慌ててつい聞き返した。不安げな二人。
「どうしたのですか? 先ほどからずっと思ってましたけど、なんだか今日は上の空ですわ。何かあるのでしたら、私どもに何なりとご相談下されば…」
「え!? あ、ああ。ううん。なんでもないの。ただ、ここ数日でいろんなことがありすぎて、ちょっと疲れちゃってるのかな」
「ああ。そういうことでしたか。申し訳ありません。こちらも気が回らずに。では今日はこの辺にして部屋に戻…」
 ヤナが途中まで言いかけたところで、女性が一人、こちらに歩いてきた。
─────うわ。すごいナイスバディ。
 ユリアンの第一印象はこれだった。
「あ、姫様! 」
「へえ、その子が噂のユリアンちゃんね。カワイー!」
─────姫様!?
 どうみても、『姫様』と言うよりは『女王様』とか『お姉さま』のほうが適切だ、と、ユリアンは思った。老けているというわけではない。『可愛い』『可憐な』というイメージがこの人には似合わない。『色っぽい女』をそのまま形にするとこうなる、という姿なのだ。極めつけに泣きぼくろまである。
「こちらはアカエ姫様。陛下のお姉さまにあたる方ですわ」
「…はじめまして。ユリアン・G・コーウィッヂといいます」
「こちらこそ初めまして。本当は昨日の夜に顔合わしときたかったんだけどね。私もいろいろ相手するのにバタバタしてて、あなたを見つけるところまで辿り着かなかったのよ。ごめんなさいね」
「いえ! そんな!」
「ふふ。ケイトクに聞いたままね。なんとなく分かるわ。あいつが連れてきたの」
 漆黒のロングヘアがふわりとなびいた。
─────お姉さまと呼ばせてください!!
心の中ではそう叫んだ。もちろん口には出さない。それを言ってしまったら、ケイトクとの結婚に承諾したと取られかねない。
「…ケイトクとココで暮らすにしろ暮らさないにしろ、あいつ、いいやつだから。友達になってやってね。見てれば分かるだろうけど、友達少ないんだ。王族って」
「ははは」
 曖昧な笑いを漏らすユリアン。正直、返答に困ってしまった。そこへ都合よく、白い口ひげを生やした執事らしき人が走って来た。
「アーカエーさまーーー! 政務はどーしたのですかぁーーー!」
 アカエを逃がすまいと、かなり殺気立っている。
「あら。もうばれちゃったのね。仕方ない。行くか。じゃあ、またね」
ひらひら手のひらを振って、執事の方へ歩いていった。