怪獣と赤髪の少女 32

 ゼタはユリアンが期待したのとは違う言葉を出した。
「はい、っつっとけ」
 ユリアンの目はさっと曇った。
「そのほうがいいだろ。話断っといて都にいるわけにはいかねえだろうし、かといってあの街には戻れねえ。いいじゃねえか。ハイパー玉の輿。いっとけいっとけ」
「ゼタは…」
─────ゼタはそれでいいの?
途中まで出かかった言葉は、喉の辺りで何故かつかえてしまう。
「俺の心配してる場合か。俺は一応大の男だし、なんとでもなる。これからが大変なんだぞ、お前は」
「…」
 一通り喋り終えると、二人は押し黙ったままになった。曲はまだゆっくりと流れている。ゼタはユリアンの手を取って踊っている。ジルコーニと比較しても引けを取らない上手さ。目線はただただ俯くユリアンの頭上に降り注いでいた。
 
 
 
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「陛下」
 王宮魔法士が、ぼおっと突っ立っていたケイトクに声をかけた。ケイトクの目線はユリアンにあった。銀髪の男と踊っているが、人に紛れてよく見えない。
「なんだ」
「ゼタ・ゼルダの墓から出てきたのは猿の首でした」
「ではやはり」
「しかも、墓を掘り返した瞬間に”真新しい”魔力波動があった。つまり、あの魔法は最近解けたということ。あの剣の魔法はまだ解けていなかったのに、です。さらに、先ほどからこの大広間に妙な気配がする。ゼタ・ゼルダには、まだ何か秘密がある。そんな気がしてなりませんよ」
 王宮魔法士は、まだ話し足りなさそうだった。
「お前がそんなに興奮するとは、よっぽどなんだな。もしかすると、ゼタ・ゼルダの亡霊がここに来てるのかもな」
 ケイトクはさほど気にせず、冗談で言った。だが、王宮魔法士の反応は違った。
「時に陛下、あの赤毛と踊っている”銀”髪の青年に見覚えは」
「無いな。大方どこかの貴族のイトコのハトコってところだろう」
「ゼタ・ゼルダはかつて”銀”色の剣神と呼ばれたそうですね」
「お前、何言ってるんだ」
─────こいつ、気でも違ったか?
「ゼタ・ゼルダは生きていた。しかも、仲間の魔法使いに頼んで何百年か後に再び蘇れるように仮死状態にしてもらって」
「馬鹿な」
「ありえる話です。私には分かる。あの墓を掘り返した私には。あの魔法をかけたのは…天才だ」
王宮魔法士は身震いしていた。口がにやりと笑う。そして、素晴らしい、と、一言呟いた。
 
 
 
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 曲が終わった。ゼタはユリアンの頭をポンポン叩いて、がんばれよ、と言って立ち去っていった。
─────これでよかったんだ。これであいつは一生幸せ。
ゼタは自分がどんな顔をしているのか分からなかった。
─────何よ、それ。何よ…
ユリアンはゼタの後姿すら見れなかった。ひたすら俯いていた。涙も出ない。
 最後の曲が始まってから、舞踏会が終わって部屋に戻るまでは、あっと言う間だった。ユリアンには正直ほとんど記憶がなかった。
 着替え終わってから、部屋で一人になって、ユリアンは考えた。
─────あたしにとってアイツは何? アイツにとっては?
ポロリポロリと、せき止めていたものがあふれ出る。
「うぇ…っく…っ」
 もうゼタはいない。
─────何で気づかなかったんだろう?
 ケイトクの意図に大してではなく、ゼタに対する自分の思いに。