怪獣と赤髪の少女 31

「そそそそぉ…それってやっぱり…」
「あれ、ユリアン、もしかして…いや、なんでもない。まあ、そういうこと」
ケイトクはジルコーニがどうやってユリアンを誘ってきたのかに今思い至った。
─────こういう話は一切抜きに”改作”したんだろうな。
「あああああの…返事は…」
「ああ、今すぐにでなくてもいいんだ。ただ、滞在期間って約束してた二週間のうちには答えを出して欲しい」
そして、この一言を言ったところで曲が終わって、ケイトクは雑踏の中に紛れ込んでしまった。
「僕は本気だからね」
ユリアンは呆然と立ち尽くした。
 
 
 
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 ゼタは、衣装室から適当な服をかっぱらって着替え、大広間に走っているところだった。
─────今顔合わせねえと…
もう元の姿に戻ってしまったからには、ユリアンの部屋にはいられない。なんとしてでも広間でユリアンを見つけ、今後自分がどうするのかをある程度伝える必要があった。
 大広間の扉を開けようとする。衛兵らしき人物は、ゼタがかつて着ていた王宮騎士団の団服だった。
「招待状は?」
─────しまった、めいっぱい忘れてた。
「ああああ! しまった、部屋に置いてきた…。すみませんが、残りは後何曲でしょうか」
ユリアンの前では披露したことのない演技力で、しがない貴族の若者に成り代わった。演じるは、思い人を一目見たいと焦がれる青年。あながち嘘でもないが。
「あと二曲、ですね」
「ああ、そんな。今から取りに戻ったのではあの人に会えなくなってしまう…」
そうひとりごちて、悲痛な面持ちを作るゼタ。衛兵はすんなり通してくれた。
「そうですか。そういう事情なら目をつぶることにしましょう」
衛兵の若者はなんだかニヤニヤしていた。
─────騎士団の平和ボケはかなり深刻なようだな。
一瞬ゼタは古巣の今を嘆いた。もし自分が暗殺者だったらどうするのだろう。だが、おかげですんなりは入れたのだ。今はあの衛兵に感謝することにしよう。
 
 
 
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 ユリアンは次の曲が始まっても、まだ呆然としていた。昨日の今日でもう他事を考えながら踊れるようになったユリアンは、かなり飲み込みが早いのだが、ユリアンの頭の中では、先刻のケイトクの台詞がぐるぐる回っていた。
─────展開が早すぎる!!
踊りながらもため息ばかりである。いつのまにかパートナーはいなくなっていたらしく、何者かがこう言った。
「私と踊っていただけませんか」
ユリアンは上を見上げた。ゼタが立っている。
「はい。喜んで」
─────ああ、どうしよう…
「……!」
─────どうしてゼタが? しかも元に戻ってるし!
口をパクパクさせる。ユリアンの目は未だかつてないほど大きく開かれた。
「よお、上手く踊れてんじゃねえか」
「な…んで」
「俺にもよー分からん。が、時間ねえから手短に話すぞ。とにかく、俺は元に戻った。これで三回目だから、多分もうあっちの姿にはならねえ。この後俺は外に出て、なんか仕事探してこの街で暮らすつもりだ」
「ゼタ、あのね、あたし…」
「ケイトクになんか言われたか?」
「え?」
「『結婚してくれ』だな。さっきからお前変な顔してるし、そもそもお前も都に呼ばれた時点で気づけよ、向こうの目的に」
─────気づけってほうが無理でしょ、あたしみたいな一庶民に!
憤りを感じた。上目遣いでゼタをにらんだ。気づいていたのなら事前にそれとなく言って欲しかったが、次第に怒る気は失せていった。ユリアンは今ゼタに何か言って欲しかった。
─────なんか言ってよ。
ユリアンはある言葉を期待した。