怪獣と赤髪の少女 30

 ゼタは必死に自分を落ち着けた。そもそも何で自分はあんなに動揺していたのか。あんな妄想、今時思春期の少年でもしない。それに、ユリアンはゼタの所有物ではない。取られる以前の問題だった。
─────とりあえず、このままはやべえな。
国王の婚約者候補の部屋に見知らぬ男がいたなどとなったら、ユリアンの玉の輿は台無しである。ゼタや、ロイ、ヒーリにとっては嬉しいかもしれないが、ユリアンの幸せを考えるなら、確実に玉の輿を選ぶべきだ。
 ゼタはまず、自分の身なりを見た。このボロのままではまずい。それ以前に、どうやって抜け出すか。おそらく王宮内の人という人は、全員大広間に集まっていることだろう。この辺りは手薄なはず。現に人の足音も聞こえなかった。
 ゼタは忍び足でドアの鍵を開け、外を見た。誰もいない。そのまま廊下に出る。適当な部屋にあったヘアピンを拝借して、ドアに鍵をかけなおす。もと海賊なだけあって、手馴れたものだ。王宮はゼタが騎士団にいたころから何も変わっていないようだ。ならば内の構造は知り尽くしていた。もちろん、衣装室がこの階にあることも。
 
 
 
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 所変わって、大広間。ユリアンは周囲の王族・貴族の好奇の目にさらされていた。扇を口元に当てて、ひそひそと話す婦人。これ見よがしに指差す者もいた。
─────うわあ。きっとひどいこと言われてんだろーなぁ…
ユリアンの予想は外れていた。意見は二つ。『愛らしい…。そして美しい…』という嘆息と、『少々幼すぎないか?』という声だった。
 「私と踊っていただけませんか?」
─────ついに…来た。
ユリアンは今日の日中をダンスの特訓に費やしていたが、所詮付け焼刃。どこまで通用するだろうか。珍しく神に祈ったユリアンが、さっと振り向いた先にいたのは、ジルコーニだった。
ジルコーニは王宮騎士団の団服を着ていた。恐る恐る手を差し出す。いつのまにかユリアンの肩に手が添えられ、くるくると回っている。勝手に足が動く感じ。
─────この人、ダンスの先生より上手い。
「いやあ、ユリアンちゃん、ゴメンネ。説明、行き届いてなかったみたいで。おかげで今朝ケイトクにこってりしぼられちゃったよ。はは。今日はねえ、ユリアンちゃんが不安だろうから、俺が一番手してやってくれって、あいつから頼まれてさあ。ああ、そうそう。俺って、見れば分かるかも知んないけど、王宮騎士団。一応団長なんだぜ。良かったらケイトクから俺に乗り換えてみない?」
冗談半分にジルコーニは言った。踊りながらよくこんなに喋れたものである。ユリアンは、はあ、と頷くだけだった。
─────ゼタもこの服着てたのかなあ。
 ユリアンは昨日の王宮魔法士を見つけた。今日は眼帯をしている。こちらと目が合った。ユリアンはさっと目をそらした。
─────この人ニガテ。
「ユリアンちゃん、十分踊れるじゃん。心配することないって。じゃあ、俺はこの辺で。ばいびー」
 相変わらずの軽いノリで立ち去ったジルコーニと入れ替わりに、誰だか知れない人がダンスの申し込みに来た。ユリアンはまた適当に頷く。
 二曲目から三曲目に差し掛かったところで、金髪の国王が現れた。
「僕と踊ってくれるかな」
このころにはユリアンにもある程度自身がついていた。なんだかんだ言って、ユリアンは要領が良かったので、難なく踊れていた。
「はい。よろしくお願いします」
「ごめんよ。待たせたかな。ちょっと挨拶回りに手間取ってね。僕はジルコーニほど上手くないけど、勘弁して」
「そそ、そんなことないです」
軽やかにステップを踏む国王。確かにジルコーニほどではないが、ユリアンに気を遣ってくれているのが分かった。ユリアンが曲のテンポになれてきたころ、ケイトクは思いもよらぬ、いや、”ユリアンにとって”思いもよらぬ一言を発した。
「ねえ、ユリアン。ココで暮らす気はない?」
「え? それって、王宮で働くって……」
ユリアンはてっきりメイドかなにかの仕事をくれるということかと思っていた。
「…ある意味そうかもね。ただ、外交関係かな。王妃として」
「はあ?」
まだ理解できていない。ケイトクは駄目押しの一言を出した。
「僕と結婚してください」
さすがにユリアンも事の重大さに気が付いた。