怪獣と赤髪の少女 29

 舞踏会当日の夜。
「あああああどうしようどうしようどうし…」
頭を抱えるユリアンの元に、ラナとヤナがやってきた。
「では、ユリアンさん。本日はこちらのドレスと…」
ラナとヤナが説明してくれていること全てが不安である。昨日はあんなにも長く感じた着替えの時間が、あまりにもあっという間だ。ユリアンは全身から汗が噴出していた。
 ラナとヤナは向かい合った。
「ユリアンさん緊張しているようですわ。予想はしてましたけど。まあ、ユリアンさん元がいいから、化粧はしなくてもいけるでしょ」
「早めに来てよかったわ。少し休んでいていただきましょ」
その旨をユリアンに伝えると、ユリアンが我知らずほっと胸をなでおろすのが分かった。
「では」
 二人が出て行くと、ユリアンはゼタに声をかけた。
「ねえ、あたし変じゃない?」
ゼタは昨日と同じベッドの上からおもむろに振り向いた。緑色のゼタの顔が真っ赤になった。
「え!? そんなにヘン? ああ、どうしよう。やっぱりこんなのあたしには…」
「違う」
ゼタは瞬時に言った。まるで神話の中に登場するような、ゆったりとしたワンピース。生地は少し透けるオーガンジーを、木綿の白い布のうえに重ねた感じ。髪の毛は三つ編みを解いた状態そのまま。軽くウエーブがかかっていた。
「じゃあ、何?」
何、と聞かれて、素直に答えられるゼタではない。というより、”ユリアンに”素直に答えられるゼタではなかった。頭の中では、かつて宮廷で女性たちを口説いていた時に自分が使ってきたありとあらゆる誉め言葉が回っていた。ただ、実際に出てきたのは、こんな言葉だった。
「そんなにおかしくも無いぜ」
「ソンナニ? ってことは、やっぱ変なんじゃないの。ああ。もう今すぐ腹痛でも起こしたい気分」
ユリアンはため息をつきながら、ベッドの隅に腰をかけた。二人はしばらく何も言わなかったが、やはり不安になったユリアンは、先に口を開いた。
「どのくらい人来るんだろ」
「…」
「みんな王族の人なんだよね」
「…」
「ケイトク陛下、どんな顔するだろ」
「…」
「変だって思われないかなあ」
「そんなにケイトクのこと好きなのか」
「え?」
そこで、ラナとヤナが現れた。
「ユリアンさん、いいですか?」
「え? あ、はい。すみません。お待たせしてしまって」
「では、こちらへ」
 部屋に一人取り残されたゼタは、こんなことを考えていた。
~ゼタの妄想~
「やあ、ユリアン。そのドレス、すごく似合ってるよ」
「恥ずかしいわ。ケイトク陛下。今日の服、少し露出多いし…」
「そうかな。ただ、ユリアン。本当にかわいいね」
「え?」
ケイトクがユリアンの顎に手を添える。見つめあう二人。
「ユリアン」
「陛下」

………

「だああああ! 何考えてんだ、俺はあ!」
─────舞踏会行きたいユリアンと踊りたいケイトクに取られたくない!
 ゼタは自分の髪の毛をくしゃくしゃと掻いた。
─────ん? 髪の毛?
『三度目に人間になった時に、本当に魔法が解けるはずです』
ジョットの手紙の一説が、脳裏をよぎった。