怪獣と赤髪の少女 28

「え? ご存知ないのですか? 私どもは陛下が出発の時にジルコーニからいろいろと説明させたと伺っておりますが…」
 ユリアンは出発の前後をゆっくりと思い出していた。一箇所、記憶がおぼろげなところがある。馬に乗って、周りの景色に見とれていた、あの時。
「ああ、あの、もしかしたら私、緊張して聞こえてなかったかもしれないです。そのとき。もしかして、他にも同じように…」
 そのとき、食堂にケイトクが入ってきた。
「ごめんよ、遅れて。ちょっと用事があってね。ところで何かあった? ユリアンがうろたえてるっぽいのが聞こえたんだけど」
ケイトクはラナとヤナから事情を聞いた。
「じゃあ、もしかしたら僕が両性具有だって話も聞いてないのかな」
「……」
ユリアンは口を開けたままぽかんとしていた。歯の間に料理の中に入っていた鶏肉の繊維が挟まっていたことも、すっかり忘れるぐらいに。
「うーん、じゃあ僕から説明するしかないか。これはユリアンには知っててもらわないといけないからね」
ケイトクはそれについて説明を始めた。話を要約するとこうである。
 この国の王族の先祖は、かつて地上を支配した神々だといわれている。そして、その名残と言われているのだが、何代かおきに両性具有者が現れる。大概は童貞又は処女喪失の時に性別が分化するのだが、どういうわけかケイトクは未分化のままここまできてしまった。そこで、今回ユリアンという”女性”を連れてきたことで、性分化したと見なし、本来性分化した際に行う祝いの舞踏会を、明日行う。
「…というワケなんだ。ジルコーニのやつ、相手が聞いてるか確認して説明して欲しかったな。僕から言うの恥ずかしいし」
ケイトクは頬が赤らんでいた。ユリアンはこのとき『ユリアンを連れてきたことで性分化したと見なす』という事の意味に気づかなかった。
その後、二人は取り留めのない会話をして、というより、心ここにあらずの会話をして、自室に戻っていった。
 
 
 
*********************************
 
 
 
 ゼタはそのときふと目が覚めていた。どのくらい寝ていたのか良く分からないが、ユリアンが帰ってきていないので、ユリアンのドレスを見るためだけに、部屋の入り口方向に自分のむきを変えた。ゼタはこう思った。
 ロイとヒーリに約束したけど、どうしたもんかなあ。ユリアンがあそこに戻って幸せになれるとは思えないし、正直こっちのほうが職は多いし、俺は元に戻った時好都合だしなあ。ユリアンがこっちに残れば、俺もいろいろあいつの面倒見てやれるし…
 って、俺、なんでユリアンと一緒に居れること前提で考えてんだろ。あいつにとって一番いいのは国王と結婚するこった。分かりきってんじゃねえか、俺。でもユリアンはよく男性恐怖症にならなかったもんだ。ここに来る前に犯されかかったってのに。やっぱ全てはあいつのお人よし加減によるってことかぁ。しかし俺も馬鹿だよな。あんな手がかかりそうなやつのこと…
 そこで、ゼタの思考は途切れた。ガチャリ、と、ユリアンが二人のメイドにつれられて戻ってきたからだ。そのまましばらくゼタは瞬き一つしなかった。
─────うわ、やべえわ。俺。
二本の三つ編みをそのまま左右でまとめてある。ドレスと言っても、ゼタのいた時代には無かった物だ。スカートが膨らんだタイプの物ではなく、ワンピースのような形。飾り気が少ないのも、ユリアンの隠れた女らしさを際立たせていた。子供と間違えられることはないだろう。ゼタの頭の中では、ポンポンと花が咲いていた。
「あの、脱ぐのは自分でやれるから。着替え終わったらここに掛けとけばいいかな。あ、じゃあ、おやすみなさい」
「お休みなさいませ。ユリアンさん」
「良い眠りを」
こうしてラナとヤナがドアを閉め、足音が消えた後、ユリアンはゼタに向き直った。
「どーーーーーしよーーーーーー!!!」
小声で、しかし力強く叫びながら、涙目でゼタを見るユリアン。ユリアンは着替えながら事情を説明。詳しく話を聞いて、ゼタはこう言った。
「はは、がんばれ。状況から考えて、お前が主賓だからな。まあ、国王やらジルコーニやらがエスコートしてくれっだろ。心配すんなって」
「な、なによお! 人事だと思って! あたしの気持ちも考えてよ。それに、ドレス! あんなの着て動けないよ」
「俺のころよりもずいぶん動きやすそうだったぞ、あれ。それにメイドの…なんつったっけか、あの二人がなんかよさそうなの見繕ってくれるって」
「もう、いい! 寝る!」
半泣きのままベッドにもぐりこんだ。ゼタはユリアンの姿をじいっと見つめた。
─────舞踏会か。