怪獣と赤髪の少女 27

 こんこん
「ユリアン様」
返事がない。
「ユ・リ・ア・ン・様ぁ~」
「はは、はぁーい!」
 ベッドから飛び起きたユリアンは、勢いよく部屋の扉を開けた。
「わあ!」
あまりに近いところに二人のメイドの顔があったので、思わず後ずさりする。絨毯に引っかかって危うく尻餅をつくところだった。
「あの、夕食の準備が整いましたので、お着替えのお手伝いと場所の案内をさせていただきに伺いました、ラナと申します。こちらはヤナ。では」
 ユリアンが体制を立て直して、ラナとヤナの顔を見るときに、既に二人はユリアンの服を替えにかかっていた。ちらりと見たその顔は、さしずめ夢見る乙女といったところだろうか。目から星が飛んできそうだった。
─────て、手馴れてる。
 ユリアンが、『着替えぐらい一人でしますから』と言う暇を与えない。見るからに二人は自分よりも年下であるが、年季の入り方が違っていた。
「あ、あの、あの」
うろたえるユリアンを他所に、着替えならぬ着せ替えは進む。
「ドレスは今日はこの淡いピンク色がいいわね。…ぴったりだわ」
「ラナ、髪留めはこんな感じどうかしら」
「きゃー!サイコー」
─────ついていけない。もしかして食事の度にこんなことするのかなぁ
 ユリアンは苦笑いした。ベッドの上には、ゼタがこちらに背を向けて座っていた。
 そして、二十分後。
「で・き・た!」
「できましたわねっ!」
「…ああ、やっぱり元がいい人が着るといいわねぇ」
「ほんと。このドレス似合う人って、なかなかいないのよね」
乙女ポーズでうっとりする二人とは対照的にげんなりするユリアンという図式が、妙に絵になっていた。ユリアンは、この二十分という着替え時間が、かなり早いほうだと言う事を知らない。
 ラナとヤナははっと我に返った。
「ああっと、では、食事室に案内いたしますので、こちらへ」
 二人に導かれるまま、ふらふらと部屋を出るユリアン。ドアを閉める音と同時に、ゼタはふうっと息を吐き出した。
─────いきなり脱がせ出すんだもんな。びびったぜ、まったく。
 しかし、ゼタはこうも思っていた。
─────どんな服着てるんだろう。
淡いピンク色とか言っていたが、ドレスといってもいろいろある。ゼタ自身、服にはあまり頓着しないほうだが、ユリアンは三着しか服を持っていなかった。そのユリアンが、ドレスを着ているのだ。見たいに決まっていた。
─────まあ、食事から帰ってきたときに見りゃいいかな。
 男心をそのままに、ゼタは眠りについた。
 
 
 
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「こちらが食事室でございます」
─────あれ?
 ユリアンは少し拍子抜けした。ここまで見る物全てが絢爛豪華だった王宮だが、食事室は以外にも質素なつくりだったからだ。てっきり部屋と同じ調子で絨毯張り、銀食器を思い浮かべていたユリアンは、少しがっかりしながらも、幾分落ち着いて食事が出来そうだと、ほっとしていた。
 その気持ちを、ヤナは読み取ったようだった。
「本来ならば、もっと正式なおもてなしが出来るとよいのですが、なにぶん明日の夜の舞踏会を控え、どの部屋も準備中でして。明日のためにも、服装だけでも慣れていただこうと、お着替えしていただいた次第でございます。ユリアン様には申し訳ないのですが」
「ああ、全然いいですよ。むしろこれまで私の暮らしていたところとはかけ離れたものばかり見ていましたので、少しほっとしているところです。というか、この部屋でも、私の家と比べると月とすっぽんです。あ、あと、その、ユリアン様は止めてもらえますか? なんかこう…こそばゆいというか…」
ラナはにこっと笑って返してくれた。
「はい。かしこまりました。では、ユリアンさん、どうぞごゆっくり…」
 ラナが後ろに下がると、ヤナが料理を運んできた。それほど豪華な感じはしないが、家庭的でどこか温かい感じがした。
「あの、一つお聞きしたいんですが」
ユリアンは先ほどのヤナの言葉で気になるところがあったので、それを尋ねた。
「『明日のためにも慣れていただこうと』ってさっき言ってましたけど、どういうことですか?」
二人はきょとんとしていた。
「明日の舞踏会にはユリアンさんにも出席してもらうということでしたので」
─────聞いてねえ!!