怪獣と赤髪の少女 26

 ユリアンは、ふうっと息を吐き出してベッドから起き上がった。そして、先ほどからがさごそ音を立てているずた袋を開けた。そして、ゼタに向かって言った。
「ちょっと、どうなってんの? あの剣、だいじょぶなんじゃなかったの? 思いっきり引っかかってんじゃないの」
ゼタはユリアンの怒りっぷりが本気だとわかってたじたじだった。
「…俺だって予想してなかったんだよ。ベータの魔法が破られるなんて。あの王宮魔法士の野郎、相当の魔力もってるぜ」
「ああ、もう! こっちの身にもなってよ! 心臓どうにかなりそうだったんだから」
「声でかいって。それに、晩飯までに荷物片付けないとまずいんじゃねえの」
「片付けるほどないわよ」
 ユリアンはゼタをベッドの枕もとに”置いて”、不貞寝しようと横になった。二、三分で寝息を立て始める。よほど疲れていたのだろう。ゼタはユリアンの寝顔を眺めた。先ほどまでとは違って、安らかな寝顔である。
─────しかしまたここに戻ってこようとはな。
 この王宮は、ゼタのいたころとほとんどつくりが変わっていなかった。ゼタは王宮騎士団にいたころのことを思い出し、自分がまだ海賊になる前であるような不思議な気持ちにとらわれた。
 
 
 
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 そのころ王宮魔法士は、ケイトクにあることを告げた。
「私はあの子の剣に心当たりがあリます」
「言ってみろ」
真剣な顔つきのケイトクにたいして、王宮魔法士はさらに難しそうな顔だった。いつものことだが。
「あれはたぶん、ゼタ・ゼルダの剣」
「……ぷっ!」
ケイトクは吹き出した。
「前にお話したでしょう。私がゼタ・ゼルダの研究をしていることを」
なぜここで昔話の海賊の話なのか、察しがつかなかったケイトクは言った。
「ああ、それは確かに聞いたよ。ただ、なんでまたいきなり」
「…ゼタ・ゼルダは冤罪だったのではないかという話はご存知ですか」
 ケイトクの表情が瞬時に固まる
「ああ」
「あなたはそれが事実かどうかご存知のようですね」
しばらく間を置いて、ため息を吐き出すように言った。
「…ああ事実らしいな。言い伝えによると。でも……なぜお前がそんなことを……。この話は門外不出のはずだが…」
 ゼタの話は、王族内では語り継がれていることだった。だが、この魔法士には伝わるはずもない。内心魔法士をかなり信頼していたケイトクは、大きな疑念に駆られた。
「私がそういうのには訳があります。私が隣国の孤児院出身だということはお話したと思います。実はその孤児院に、そのゼタ・ゼルダゆかりの者が記したらしい手記があったのですよ。まあ、かかれている人物がゼタ・ゼルダだということが分からないように、かなり手の込んだ細工がしてあって骨が折れたのですがね。その中に、剣の記述があったもので」
 ケイトクはこの王宮魔法士が何かに感心するところを見たことが無かったため、『これはなかなか』などと口走ったことに、実は驚いていたのだが、それについては納得した。
「その手記には、他にもっと大きなことが書かれていました。この部分は手記の中で一番解読にてこずりましたが、それによるとゼタ・ゼルダは死んでいないようなのです」
 これにはさすがにケイトクも口をはさんだ。
「どういうことだ。死んでいないって。確かに文献には生首を埋めたと…」
「ゼタ・ゼルダは、文献によると人徳はかなりあったらしいし、仲間には強力な魔法使いもいたようだとある。そして、手記の作者は文脈からしてその魔法使いです。あの剣を実際に見て確信しましたよ。この魔法使いならば生首の偽装も可能だと」
「少し話が飛びすぎじゃないのか。それに、その手記の確実性っていうのもあるだろう」
「もう一つ、気になることがあります。数ヶ月前から、ゼタ・ゼルダの生首を埋めたという墓地から魔力が漏れています。魔力漏れが起こる原因はただ一つ、魔法が解けたということです」
 王宮魔法士は真っ直ぐにケイトクを見つめた。ケイトクは頭を抱え込んだ。そして、王宮魔法士の右目の黒い眼帯に気づいた。
「魔法をかけて眼帯を見えないようにしていたんじゃなかったのか」
「…妻にやめろと言われましたので」
顔に似合わず愛妻家な所を見せる魔法士だが、無表情なので気持ち悪いことこの上なかった。
「……で、お前はどうしたいんだ」
「ゼタ・ゼルダの墓を掘り返させていただきたい」
「……好きにしろ」