怪獣と赤髪の少女 25

「あ、あの、これから何が…」
 ユリアンはケイトクに尋ねた。
「ああ。宮廷内に魔法がかかった物が持ち込まれたときは、王宮魔法士に鑑定されることになってるんだ。特に今回のは武器だったからね。最近はめっきりお目にかからなくなったけど、もしかすると変な呪いのかかったやつかもしれないし」
「え? なんでそんなもの…」
「そうだね。知らないよね。この辺でも知ってたのは一部の知識人と王宮周辺の人たちだけだったから。あのね、先代国王のころは、隣国との関係がかなり危うかったんだ。表面上は何とも無かったかもしれないけど、実際はいつ戦になってもおかしくないって時もあった。あっちは魔法大国だから、そういう嫌がらせがちょくちょくあったんだよね」
 ユリアンはこの国の情勢など考えたことも無かったので、自分の知らない世界ではそんなことが起きていたのかと、驚きを隠せなかった。確かに三百年戦は無かったようだが、外交上の小競り合いもないというのはありえないことだった。
「こっちも向こうも代が変わったせいもあって、今は全然そんなことないんだけどね」
 そんなことを話していると、ジルコーニが黒いローブの男を連れてきた。愛想というものがまるで無いのかと思うような血色の悪い顔が、王宮内に不気味さを漂わせていた。
「なんだ、一体。何かおもしろそうな物でもかかったか」
国王にそんな口を利く黒ローブの男に、ジルコーニが返答する。
「おもしろいかどうかなんて、お前のことだ。かかった時点で分かってんだろ。これだよ、これ。この子の持ち物なんだけど、危険かどうか調べて欲しいんだ。安全なものなら、この子の部屋に運んでおきたいから。父親の形見なんだって。」
「ふん」
鼻から声を出すようにして、しゃがみこんで剣を見る。眉間にぎゅっとしわを寄せるその姿は、偏屈を具体化したようだった。
「これはなかなか」
そう言いながら立ち上がる男にその場の全員が注目する。
「どうだ」
「……」
「おい」
国王とジルコーニが交互にせっついた。
「……まあ、危険はないだろう。これにかかっていたのは大きさを変えられるようにする魔法だ。俺が来る前まで使われていた魔法防止呪文なら、すり抜けられるようにはなっていたがな。元々のサイズがこの大きさだ。暗殺用だったら、普通の短剣を使ったほうが手っ取り早いから、それもありえんだろう。」
「元々のサイズがこれかよ。竜退治にでも行くのか?」
「かかっていた魔法の技術はかなり高い物だった。相応の魔法使いが練習用に使ったんだろう」
「ふう、人騒がせな魔法使いだなあ、そいつ」
ジルコーニは三百年前の魔法使いを皮肉った。
「ユリアン。一応ここ、王宮だしさ。武器っぽい物は止めてね。まあ、持ってるのがユリアンだから許そう。それに、その大きさになっちゃったからには、もう一人では持ち運べないから、安全この上ないし、ユリアンの部屋に置いといてもいいことにするけどね」
ケイトクは、二人いれば運べるかなあ、と、呟いた。
 ユリアンはゼタの剣が自分の部屋に置いておけることを心から喜んでいた。その喜びが顔に出たらしかった。
「国王陛下」
「ん?」
「ありがとうございます」
 ユリアンの表情を見て一瞬、ケイトクの動きが止まった。
─────僕の見立ては間違ってなかったな。
 国王が少し赤面していることに、他の人々は剣の持ち運びにいっぱいいっぱいだったためか、気がつかなかったらしい。ただ、ジルコーニだけは、横目でそちらを見やって、ふとため息をつくのだった。
 
 
 
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 ようやくユリアンは自分の泊まる部屋に案内されることになった。そして。
─────うわあ、すごい部屋!!
 ユリアンが自分の泊まる部屋を見たときの第一印象はこの一言に尽きた。
─────ていうかなぜにベッドのうえにあんな屋根が。
─────しかも下が絨毯! 足音しないし。
あらゆる物にユリアンが驚いている間に、ユリアンの最後の荷物、ゼタの大剣が届けられた。
「長旅おつかれさまでございます。これから夕食まで、少々部屋でお休みください。夕食になったら、メイドに呼びに来させますから。では、ごゆっくり」
そういって立ち去っていく衛兵を見送って、バタンとドアが閉まる音を聞くやいなや、ユリアンはベッドに倒れこんだ。
─────ここでどうやってくつろげと?