怪獣と赤髪の少女 24

 二、三日後。国王一行はようやく都の入り口付近に到着した。
「ユリアンちゃん、ようこそ首都トウジキへ」
「あの、ずっと言い忘れてたんですけど、ちゃん付けじゃなくていいですよ。なんか……こっちが恐縮しちゃいます」
来る間には新しいものを見るのに夢中ですっかり忘れていたことを、慌ててケイトクに伝えるユリアン。
 ふと前を振り向く。そこではここに来るまでに見てきた新しいものとはまったくレベルの違う事が起こっていた。
 荷馬車が三、四台は通れそうな大通りの両端は、人で埋まっていた。それが遠めに見ているこの位置からわかるということも、ユリアンの想像を越えていた。
「じゃあ、ユリアン、悪いんだけど、ちょっとの間、荷馬車に乗っててくれないかな。ユリアンの顔が見えるときっと、あの辺の人たちが大騒ぎになっちゃうと思うんだ」
 こくりと頷いて、荷馬車に乗り込む。自分の持ってきたずた袋が、がさごそ音を立てていた。
─────あ、やっば。ちょっとゼタのこと忘れてた。
 慌てて袋を開ける。荷馬車はどうやら大通りに突入したらしく、外からは「国王陛下ぁーー」とか、「おかえりなさいませー」とかいう叫び声だか歓声だかよく分からない言葉が飛び交っていた。
「ぶはあああ! 空気ってスバラシー!」
ゼタが声を出す。ユリアンは慌ててシイ~っと、人差し指を口の前にあてた。
「都に着いたから。もうちょっと我慢して」
「腹減った」
「ああ、もう。袋の中のパンだけで我慢してよ」
自分からついて行くと言っただけに、ゼタは押し黙る。
「ところで、来る途中に聞いたんだけど、王宮には魔法防止呪文がかけられてるって。あれ、だいじょぶなの?」
 ”あれ”とは、ゼタのあの大剣のことだ。荷物を準備している時に、ゼタがいきなり、『これ、小さくしておけるから、持ってってくれないか』と聞いてきたのだ。どういうことか訳が分からなかったのだが、ベータというゼタの仲間が、逃げる時に不便だろうと、魔法をかけてくれたらしく、ゼタが一声かけると大きさが変わるようになっているということだった。半信半疑だったのだが、事実その剣は今の怪獣型のゼタと同じくらいの大きさになっていた。
 しかし、魔法防止に引っかかると、瞬く間に元の大きさに戻ってしまうのではないかと考えたのだ。
 ゼタはのんきなものだった。
「心配ないって。戦もほとんど起きてねえんだったら、確実に魔法使いの実力も落ちてるはずだ。ベータはあの当時俺の知る限り最高の魔法使いだったからな」
 そしてゼタは袋の中に戻っていった。ユリアンはそのまま少しうつうつしていたのか、ジルコーニの呼ぶ声で、初めて王宮に着いたことに気づいた。自分の荷物を持って、荷馬車を降りる。そこは王宮の入り口の真正面だった。ユリアンの寝ぼけ眼は、王宮のあまりの壮麗さに一気に覚めた。
「ああ、荷物はいいよ」
ジルコーニはユリアンの荷物を手近にいた衛兵に預けてしまった。
─────うわあ、どーしよー。あの剣、ホントに大丈夫かなあ。
ユリアンはかなり焦ったが、衛兵はどんどん先に行ってしまう。
「荷物は先に部屋に運んでもらっとくからさ。まだ昼過ぎだし、ユリアンはゆっくり王宮見物でもしてから…」
 ジルコーニの言葉は、先ほどの衛兵の叫び声で中断された。大急ぎで駆け寄って、衛兵に尋ねに行くジルコーニの後にユリアンも続く。
─────あれじゃないといいけど。
「おい、どうした」
「袋の中から、馬鹿でかい剣が飛び出してきたんですう」
 ユリアンの心配は見事的中した。衛兵は今にも泣き出しそうだ。
「……これは」
「あのう……」
ユリアンは恐る恐る声を発した。
「ユリアン、君の持ち物の中に、魔法がかかった物が入っていたようだ。何か心当たりは無いかい?」
いつもよりも厳しい口調で尋ねるジルコーニ。
「い、いえ。全然。でも、多分あの剣は父の形見として持ってきた短剣だと思います。ただ、なんであんなのになっちゃったかは……」
─────我ながら上手く言い訳できたもんね。
 ジルコーニもその言葉を信じているようだ。すぐ横にケイトクもやってきた。
「!」
なぜか反応が少し違う。だがすぐにいつもの表情に戻った。ユリアンはその一瞬の表情の変化に気づいたが、あえて口には出さなかった。
「…たぶん、よくあるいわくつきの骨董品だったんだろう。これ、大事な物なの?」
ここで『いいえ』などと答えた日には、えらいことになるということは分かりきっていた。
「はい。いわくつきかもしれないけど、父がいつも持ち歩いていた物ですから。」
「そうか。……じゃあ、ちょっとこの場で待っててくれるかな。ちょっと人を呼んできたいから」
 そう言うと、ケイトクはジルコーニに何か耳打ちした。ジルコーニは王宮の奥へと消えていった。