怪獣と赤髪の少女 20

 ごきゅ
どこかの酒場で聞きなれた音が響き渡った。
「ユリアンっ! あんたいきなりなにす……」
隣にいたものは、言いかけて、鈍い音の後倒れた。
「……あたしはいいのよ。あたしは。でもね、父さんと母さんのこと悪く言うのは止めてよ!」
倒れた二人が、立ち上がりながら言う。
「はん!なによ。ホントのこと言われると、むきになっちゃってさ」
「女将さんに伝えておくわ。あんな暴力女と一緒には働けませんってね」
「この……」
ユリアンが言いかけたとき、女将が顔を出す。
「な、な、な……」
女将の顔は真っ赤になっていく。ユリアンとは対照的に。
「あんた、なんてことを」
すかさず、立ち上がっていた者が言った。
「……私たち、ちょっとおしゃべりしてただけなのに」
ご丁寧に嗚咽までもらして。
 きっ、と、ユリアンに向き直った女将は宣告した。
「もう二度とあんたのツラおがみたくないわ。明日から来ないでちょうだい。今月分は金をやるわ。だから、二度と、来ないで」
女将はつり銭入れの中からがさっと金をつかみ出すと、ユリアンの服のポケットにねじ込んだ。
「さあ、帰って」
 ユリアンは店を駆け出した。グーで殴った痛みがまだ残っていた。
 
 
 
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─────どうしようっ!
 気が付くとユリアンは帰り道の林の中腹まで来ていた。
─────ちょっと、息、切れちゃった。
傍にあった木の麓に座り込む。ユリアンには、ざわめく木々がユリアンを終わりへと導いているように映った。木々の合間から覗く空には、暗雲がたちこめている。
─────あたし、これからどうするんだろう。
都行きについていくとしても二週間ほどしたら帰ってこなくてはいけない。何せゼタがいるのだ。二週間でも心配なのに、それ以上家を空けるなんてできない。
─────家に帰ろう。
まず帰ろう。そう思い立って、顔を上げたそのとき。
「ぐっ」
口元に手が当てられた。そのまま立たされて、羽交い絞めにされる。目の前には五人の男。明らかにまっとうな職にはなさそうな者たちだった。
「ね、お頭。なかなかでしょう」
「ほう。こんなとこにもいるもんだなあ」
必死でもがくユリアンだが、男の腕はびくともしなかった。即座に地面に仰向けに押さえつけられる。
お頭と呼ばれた男は舌なめずりをした。
─────こ、こいつら……
 最近ガラの悪い連中が町にいるのは知っていた。しかしまさか自分が狙われるとは思っても見なかったのである。
「この辺は人なんて通らねえようだからなあ」
─────嫌。あたし、こんなの、
「まあ、思う存分」
ユリアンの目の中に、表面張力ぎりぎりいっぱいに涙がたまっていく。
「楽しませてもらおう」
一瞬。口に当てられた手の力が緩んだ。思い切り手に噛み付いた。
「いやああああああああ!」
精一杯さけんだ。静かな森に声が響き渡っていく。ぽつりとユリアンの頬に雨のしずくがあたった。横から男の拳が飛んでくる。先ごろ自分がパン屋で出したのと同じ音がした。
「威勢がいいねえ、嬢ちゃん。それでこそ”やりがい”があるってもんだ」
─────ねえ、神さま。あたしの人生、なんでこんなんなの?