怪獣と赤髪の少女 19

 ユリアンが店でひどいことを言われているとはつゆ知らず、ゼタはやってきたロイとヒーリを家に入れた。なんでも、今すぐに話したいことがあるのだそうだ。
「で、なんだよ」
二人は息をすうっと吸い込んで、同時に言った。
「「国王からユリアンに都に来ないかって誘いが来てるでしょ」」
まっすぐにゼタを見つめる二人に唖然とする。
「なんでお前らが」
やっぱり、と、顔を見合わせる二人。
「言ってたと思うけど、今国王一行がうちに泊まってるんだよ。都に戻るのは六日後だ。昨日国王と側近の人が話してるのを聞いちゃったんだよ。ユリ姉を都に誘ったって話」
そこから二人は、昨日、そしてそれ以前の話を一通りゼタに聞かせた。
「今の国王、結構堅いって有名なんだ。その国王がそういってるんだから、都にいったん行ったら、婚約が半分確定するようなもんだよ」
「じゃあ、観光っていうのは十中八九嘘」
「だね。僕が見る限りジルコーニならそれぐらいやると思う」
このヒーリの見立てが見事に的中しているのは、何話か前に書いた通りだ。ゼタはうーんとうなった後言った。
「なあ、それってユリアンにとって悪いことか? だってよお、あいつ、ここにいたってろくな扱い受けてねえんだろ。だったら、国王のとこにお嫁入りなんて、最高のサクセスストーリーじゃねえか。なんでそんなに悪いことみたいに言うんだ」
ゼタがいい終わると、少し間を置いてロイが呟いた。
「……ゼタは…ユリ姉に会えなくなってもいいの?」
ゼタは目を見開いたまま、一瞬一時停止した。
 ゼタはユリアンが倒れてから自分が少しおかしいのに気づいていた。
─────あいつが……
 ユリアンがあんなに小さいと、一度人間の姿になってみて初めて分かった。細い手首、高い声。最初はものすごい巨人が現れたと思ったのに、今ではただの女の子でしかなかった。しかも問題は本人に性別の自覚が薄いことだ。一昨日も上半身の服を脱いで流し台で体を拭いているのを見たときは、思わず後ろを向いた。しかもその後ユリアンは平然として、『あ、ゼタも体拭いてあげよっか』とか言い出すのである。もちろん自分で拭いたが、そのときゼタはなんだかユリアンが心配になったのだった。今はこんな姿ではあるが、一応ゼタは男だ。その姿をユリアンも見ているはずだった。
「僕は嫌だ」
「僕も」
ゼタが黙っている間に、二人は言った。そして、ぱしんと手を叩いてヒーリが言った。
「いいこと思いついた。ゼタが一緒に行けばいいんだよ」
「はあ?」
眉間にしわを寄せるゼタ。
「ほら、ゼタならさあ、じっとしてれば、ぬいぐるみに見えないこともないんじゃないかなあ」
「そう……そうだね! じゃあ、ついてって、様子を見てこればいいじゃないか」
「……おい、なんで俺が」
ゼタがそう言うと、ロイはすかさずこう持ちかけた。
「ねえ、ゼタ。お金ほしくない?」
「欲しい」
 ゼタは金が欲しかった。前にも書いた通り、いつまでもユリアンの世話になるわけにはいかないが、ポケットに入っている金にも限りがあり、実は先日の薬代で三分の一がなくなった。金が無ければなにも始まらないのは事実だった。
「……百ウパニーでどお」
「二百」
「百二十」
「百八十」
「百五十」
「引き受けた」
ゼタはこうして”競り落とされた”のだった。
 
 
 
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 その日の夕方、ユリアンは店を飛び出した。
─────どうしようっ!
 少し時間を遡ってみよう。店の後片付けが終わった後、他の従業員はひそひそと話していた。嫌な目つきでちらちらとユリアンを見ていた。そして、聞いてしまった。
「あのアバスレ、よくやるわよねえ」
「ほんとほんと。仕事仕事かと思ったら、あっさりたらしこんでさあ」
「なんか、薬屋のメラネッタ婆の話だと、別の男もいるらしいよ」
「うわあ。ほんとに”誰とでも”だね」
まだここまでは抑えることが出来た。
「まったくどうやって仕込んだのかしらね」
「やっぱ”親”でしょ」
「かなあ」
「親も親なら子も子って言うしね」
─────ヤッパ”オヤ”デショ
─────オヤモオヤナラ
ここでユリアンの理性は吹き飛んだ。