怪獣と赤髪の少女 21

 ロイとヒーリが帰ってからずっと、ゼタはユリアンが帰るのを待ちわびていた。空模様は悪化している。ただでさえ病み上がりのユリアンが、雨にあたってきたら、またぶり返すこと間違いなしだ。それに、話したいこともあった。
 都についていく口実は、ロイ、ヒーリとの話し合いの結果、自分が元の姿に戻る良いきっかけになるかもしれないというのにすることになった。あとは。
─────あとはいかに上手くぬいぐるみになりすますかってとこだな。
 ぽつり、と、雨が降り出す。
「いやああああああああ!」
少し離れたところから、女の悲鳴が聞こえた。
─────今のは
 こんな時間にこんな場所をうろついている女はただひとり。ゼタの血の気は引いていった。
「ユリアン!」
 ゼタ・ゼルダはユリアンの帰宅コースへと走り出した。
 目線が高くなっているのはどうでもよかった。
 
 
 
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「んんっ!」
 ユリアンは目を見開く。仰向けになったユリアンの体に、男の手が触れる。その手は上着の下へと入り込んでいた。
「やはりこれぐらいの肉付きでないとなぁ」
再び舌なめずりをする。ユリアンは体をこわばらせた。もう涙で景色が判別できなくなっていた。男の手がさらに上へと伸びる。
 その時、足音がした。
 じゃりっ
 次の瞬間、男の一人がうめいて倒れた。全員がいっせいに後ろを向く。
「がっ」
「ぐふぁ」
男のうち一人の折れた歯が、土の上に落ちる。頭と呼ばれた、ユリアンにまたがっている男の髪は、容赦なく引っ張り上げられた。
─────ダレ?
 銀髪のゼタは、まさに銀色の剣神と呼ばれていたころに見せていたであろう形相で、男を見下ろす。
「ななななな、何だ手前は! おい、おまえら、かかれかかれえ!」
男の声は林の中に掻き消えていく。周りにいた四人の男はみな突っ伏していた。ピクリとも動かない。
「がふ」
その男は倒れた仲間たちの上に投げ飛ばされた。もちろん殴られて意識が飛んでからだが。
「ユリアン」
ユリアンはただゼタを見上げていた。ゼタは相変わらずユリアンの頬を伝う涙を服の袖でぬぐった。
「立てるか?」
ユリアンは微動だにしない。ゼタがため息をついた直後、ユリアンは叫んだ。
「後ろっ!」
叫ぶと同時に、唯一立ち上がった男はひねり上げられていた。
「運がいいな。お前ら。剣があったら首飛ばしてるとこだ」
男の歯が、ガチガチと音をたてた。ゼタが嘘を言っていないのが、その青い瞳から察せられた。
「ひ…あ…」
どさっ、と、男を下に落とす。他の男たちも、気がついたのだろう。這いずったり走ったりして、町のほうを向いていった。
「ゼタ」
ゼタは、ゆっくりと体を起こしたユリアンの頭をくしゃくしゃなでた。
「おぶってかないと歩けねえだろ」
しゃがみこんだゼタに、ユリアンは寄りかかった。
「ゼタ」
「ん?」
「仕事首になった」
「そうか」
「怖かった」
「そうか」
 家に辿り着くまで、二人は一言も交わさなかった。