怪獣と赤髪の少女 2

 雨は降り続いている。自称ゼタ・ゼルダを前に、ユリアンはもはやヤケクソだったのかもしれない。正直腹が立っていた。ここまで驚かせておきながら、今目の前にいるのは、見たことはないが、いわゆる小動物の部類のものだ。
「…あのさあ、がっくりするのは勝手だけど、こっちのこと少しは考えてよ。どういうことだかサッパリなんだけど」
『三百年前の』という台詞を聞いてから、怪獣はずっと呆然としたままだったが、その言葉にようやく口を開いた。
「だから、俺はゼタ・ゼルダで、もともとは人間だ。仲間に姿変えられて、この箱に閉じ込められてたんだよ。んで、起きてみたら三百年も経ってたってこと」
「そんなん信用できないもん」
「けどホントのことだぜ。こっちも聞きたいことがある。おまえ、なんでジョットそっくりなんだ?」
「ジョットってだれ?」
「俺の仲間の一人だ」
「知らない」
「即答すんなよ。伝承で俺のことが残ってるなら、俺の仲間のことも残ってるはずだろ」
「聞いたことないわ」
 ゼタ・ゼルダの伝承には、不思議なところがあった。ゼタ・ゼルダは仲間に殺されたはずなのに、その名前がまったく出てこないのだ。しかしこのことについて、ほとんど議論は交わされていなかった。これほど広く知れ渡っていながら、今なお謎の部分が多いままになっていた。いや、むしろ謎だらけだからこそ、有名になったのかもしれない。ユリアンは父に『生き物はみんな分からないものに惹かれるものなんだよ』と、きいたことがあった。
 目の前の”ゼタ・ゼルダ”の言うことを信用していいのかどうか、ユリアンにはまったく判断がつかなかった。生まれてまもなく母親が、六年前に父親が死に、身寄りも他にはなく、あまり周囲からいい目では見られなかったユリアンの生活レベルは、悪化の一途をたどっていたため、見世物小屋に売り飛ばそうかという考えも浮かんだ。
「まあ、あんたがゼタ・ゼルダかどうかは、わかんないけど、とりあえずあんた、これからいくとこあんの?」
「三百年も生きられる知り合いなんて、いるわけねえだろ」
 この口ぶりから、この生き物が箱に入れられてから三百年経っているということは本当だろうと思った。この辺りに、基本的にお人よしなユリアンの性格が現れている。そして、人間なら五代分にも及ぶ歳月に哀れみを感じた。
─────あたしが見捨てたら、こいつ一人なんだ。
ユリアン自身、父と母が死んでからというもの、一人がどれほどつらいか身に染みていたからだった。こんな台詞が出てきたのは、寂しかったからかもしれない。
「じゃあ、しばらくの間うちにおいてあげよう」
 このときユリアンが大きな転機を呼び込んだと分かるのは、ずいぶんと先の話である。
「あんたがゼタ・ゼルダかどうかは別にして、呼ぶのに困るから、ゼタでいいわね」
「だから、本物だっていってるだろー」
こうして、ゼタとユリアンの生活が始まったのだった。