怪獣と赤髪の少女 1

 ある梅雨時の一日に、ユリアン・G・コーウィッヂは、小汚い奇妙な箱とにらめっこしていた。
─────何コレ?
 事は1時間前にさかのぼる。
 
 
 
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「今朝は天気よかったのにィ~~」
 雨の中、赤毛の三つ編をゆらしながら洗濯物を大急ぎで取り込んだユリアンは、それを片付けて紅茶で一服していた。
「ぷはあ~。なによお、いきなりあんなに降ることないのに」
そう独り言をはきだすと、おかしな事に気づいた。
─────こんなとこに岩穴あったっけ。
 そう。台所の窓の向こうに穴があいているのだ。もともとこの家は崖に面して作られていたが、少なくともユリアンが生まれてからつい今しがたまでは、窓の向こうも岩壁だった。なぜ岩壁に向かって窓があるのか昔から不思議に思っていたユリアンは、好奇心に後押しされ、降り止む気配のない雨音が辺りに響き渡る中、窓を開けた。
 手を伸ばすと、確かに空間がある。身を乗り出して窓から顔を出してみる。どうやら岩穴は地面まで続いており、割と小柄なユリアンぐらいの背格好なら、立って歩けそうだ。
─────よし。
 腹を決めた。台所をよじ登り、穴の中へと降り立つ。雨だというのに穴の中は乾燥しているということが、肌の感覚から即座に伝わってきた。そしてなぜか奥にオレンジ色の光が二つゆらめいている。明らかに、何かがおかしかった。普段のユリアンなら絶対に近寄らないだろう。
 しかし、そのときは違った。先に進まなければ、という気持ちが、どういうわけかユリアンの慎重さを押しのけた。全速力で光の方向へと駆ける。そしてユリアンの意識は二つの光からその間にある箱へと移っていった。
 
 
 
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 そして、いつのまにか箱を持ち帰っていたらしい、というのだ。帰りの道のりはおぼろげだし、親指にはどこで作ったか分からない切り傷が出来ており、夢なのかもしれないという感覚がぬぐいきれないユリアンだったが、傷は痛いし、目の前に箱がある以上、現実に間違いない。
 こういうときは、表面のホコリをはたいてみるとなにかわかるものだろうと、ぼろぎれでぬぐってみた。箱と蓋との境目に、見たこともない模様が描かれた紙が貼ってあった。さらによく見ると、箱のふたに何か書いてある。
『我々ハモウアナタニ会エナイ。本当ニスマナイ。シカシ、アナタト一緒ニイラレタ時間ハ本当ニ楽シカッタ。アリガトウ。サヨウナラ。   箱ヲ作ッタ三人ヨリ』
 「箱」とは、間違いなくこの箱の事だ。では、『あなた』とは、誰なのだろう。境目の部分の紙を破いて箱を開けた。ただ、少し迂闊だった。傷のある親指で鍵穴に触れてしまったのだ。
─────うわあ、どじっちゃった。
指を口にあて、箱に向かい合ったその瞬間、ユリアンの血がついた鍵穴から、カチリ、と聞こえてきた。ユリアンの顔は一気に青ざめていった。
 バンッ、と、勢いよく箱が開いた。
「おいっ、ジョット、よくもこんなとこに閉じ込めてくれたな!…って、あれっ!?」
 中から出てきたのは、緑色の見たこともない生き物だった。姿形は、子供が描いた落書きの怪獣そのものだ。怪獣は唖然とするユリアンを妙なものを見るような感じでじろじろと見回した。
「ジョットって、女装癖あったっけ?それに、黒髪だったよなあ。こんな真っ赤っ赤じゃあねえ。と、いうことは、こいつはジョットじゃねえってことか。ンじゃあ、誰だ。おい、おまえ、名前は?」
 箱からしゃべる未確認生物が出てくるというあまりに予想外の出来事が起こってしまったためか、ユリアンの開いた口は一向にふさがらなかった。
「はあ?」
「……わりい。こっちが名乗るのが礼儀ってもんだよな。俺はゼタ・ゼルダ。おまえは?」
ようやく落ち着いてきた。
「……って、なに言ってるの?ゼタ・ゼルダって、そんなはずないじゃない。だって、三百年も前の海賊よ。それに、ゼタ・ゼルダは人間で、あんたみたいなのじゃないわ」
 いままでの驚きの仕返しをするように、立て続けにしゃべった。そう。ゼタ・ゼルダといえば、誰もが一度は聞かされる昔話の海賊のことだ。仲間に裏切られて殺されたその銀髪の青年の話は、『悪いことをするとばちがあたるよ』『いい友達を選ぶんだよ』という教訓を子供たちに教えるため、今日まで語り継がれてきた。しかし、ゼタ・ゼルダと名乗るこの怪獣にとって、ポイントはそこではなかったらしい。
「今なんて言った」
「ゼタ・ゼルダは人間で……」
「その前のやつ」
「三百年も前のってとこ?」
「………まじかよ」