怪獣と赤髪の少女 18

「国王陛下、ただいま戻りました」
 屋敷内の国王が居る部屋に入るなり、ジルコーニは恭しくひざまずいて挨拶した。
「ケイトクでいいと言ったろう」
「ケイトク、手紙渡してきたよ。ユリアンちゃんに。でもお前ってロリ……」
 立ち上がってそう言い終わる前に、ジルコーニは国王ケイトクから拳骨を食らった。ジルコーニとケイトクは、幼いころ知り合って以来の友人同士である。現在王室に仕える人物の中で唯一、国王であるケイトクとタメ口をきいていた。
「で、なんて言ってた?」
「明々後日には返事するってよ。まあ、俺のこと信用してくれたらの話だけどな」
「……難しい話だな」
「ダイジョーブだって。だって”都行き”だぜ、ミヤコ!その言葉にクラッとこないやつはいないって。それにあのこお人よしそうだったし。何せ今時三つ編みだもんなあ」
「あのなあ…」
三つ編みイコールお人よしって、どういう思考回路だよ! と、言おうとした時だ。
 トントン
ドアをノックする音が、低めの位置から聞こえてきた。
「お食事の時間になりました」
ドア越しに声をかけたのはロイだった。ロイとヒーリがここしばらく抜け出せなかったのは、こういう仕事をこなしていたからだ。
「わかった。すぐに行くよ」
国王が返事をすると、ロイの足音が小さくなっていった。二人はすぐに階下のダイニングへと降りた。
 
 
 
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「ヒーリ、ちょっといいかな」
その日の夜、ベッドの中で、ロイは隣のベッドで寝ているヒーリに声をかけた。ヒーリはまだ眠りに落ちてはいなかった。少しだけ不機嫌な声をロイに返す。
「……なあに?」
「今日聞いちゃったんだけど、ケイトク国王とジルがユリ姉のこと話してたんだ」
ヒーリはがばっと起き上がる。
「え!? なんで? ユリ姉とあの人たちなんて、なんの関係も……」
「ほら、こないだうち、町でかわいい子見つけたって言ってたろ? そのときはあんまり話聞いて無かったんだけど、今日ご飯呼びに言った時に聞いちゃったんだ。三つ編みなんて、町ではユリ姉くらいだろ。多分あの”かわいい子”がユリ姉だ。都行きって言ってたからには、一緒に都につれてくつもりなんだよ」
 声を潜めて話す二人。そして、しばらく話した後、二人の間にある結論が生まれた。
「明日ユリ姉のとこに行ってみよう」
 
 
 
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 もうすっかり秋の空気になりだした林を抜けて、ユリアンは町へ急いだ。理由は二つあった。一つは、少々寝過ごしたから。そしてもう一つは。
─────なんか、昨日の帰りにこの辺で変な気配がしたのよねえ。
 ユリアンは動物やらなにやらの気配には、割と気づかないほうなのだが、昨日はなんだか妙な違和感があったのだ。ゼタには言っていない。そんなことを言ったら、都行きの話を断れと言い出しそうだったからだ。国王からであることが確定した後だったし、ユリアンとて生涯に一度くらいは町から出てみたかった。
─────なんか最近ゼタはおかしいわ。
 熱で倒れた辺りから、妙に気を遣っている感じがあった。こっちが何か話し掛けても、『ああ、うん…』しか言わないこともあった。あれこれ考えるうちに店についてしまったので、ユリアンは気持ちを切り替えた。
「……ホントに? あのユリアンがですか?」
「そう。そおなのよ。で、その人と話したら、これ」
女将は金色の懐中時計を出した。
「ええ!? すっごいじゃないですかあ! だって、国王の紋章入りですよ!」
「おはようございます」
「……なんだい!ユリアン。急に出てきて」
さっきからずっといて、話も聞いていたのだが、ユリアンは違うことを言った。
「今来た所です」
「遅いんだよ、まったく」
女将はいつも通り悪態をついていった。
─────これで昨日の上機嫌の理由がわかったわ。
要するに金に目がくらんだのだろう。女将にも少しは優しいところがあったのかもしれないなどと思っていた自分に対してため息をつくと、先ほど一緒に話していた同僚がやってきてユリアンに耳打ちした。
「ねえ、どんな手つかったのよ。あんたのことだから、体つかってがんばったんだ。っていうか、それぐらいしか使えるものなんてないものねえ」
にやっと嫌な笑みを浮かべて、その少女は女将の下へ小走りしていった。どうやら女将にも同じことを言ったらしい。女将は軽蔑するようにこちらに目を向けた。ユリアンは拳を握り締めた。