怪獣と赤髪の少女 17

「しいー!声でかいよ。あんまりおおっぴらに言えたことじゃないんだから。国王が祭りの前日に町に繰り出してたなんてさあ」
 慌ててユリアンは口を抑えた。
「ああ、別に結婚してくれとかって訳じゃないんだよ。実は未婚の国王は、豊穣祭に行ったらだれか一人その町から連れて帰って都観光させるっていう、妙な伝統があってね。どお? 二週間ぐらい、かな。」
「はあ、そう、なんですか?」
「そうなんです。で、どおよ。えっと……ユリアンちゃんだっけ」
「『ちゃん』なんて、そんな、いいですよ。呼び捨てで」
そんな畏れ多い、という感じで、体の前で両手を左右に振った。
「そお? じゃあ、ユリアン。明後日、いや、明々後日の今ごろにもっぺんここに来るから、そん時に返事聞かせてもらえるかな。そうそう、こっちが本当に国王一行なのか、信用できないよね。これが証拠品。一応国王直筆だから」
「は、はあ」
「じゃあ、また明々後日ね~」
ぽかんと口を開けるユリアンを背に、左手をひらひらさせて、そのまま行ってしまった。ユリアンの手には、一通の手紙。王族の紋章入りの蝋で封がしてあった。
─────ゼタに聞いてみよう。
 ゼタは元王宮騎士団団長である。王族のこともそれなりに詳しいはずだ。そう思って店に戻ると、ニコニコ顔のままの女将が呟いていた。手元の何かを見ているようだ。
「いやあ、あんなのでも役に立つこともあるんだねえ。これのおかげで、これまでのうっぷんは解消だよお、まったく」
 手元の物から目を離して、ユリアンをきっとにらんでいつものように怒鳴りつける。
「さっさと、仕事を、おし!」
「はい、ただいま」
 店の奥に引っ込むユリアンを見ていた不穏な二人組がいた。
「なあ、結構よくねえか」
「ええ!? ガキ臭過ぎるだろ」
「…頭は”ああいうの”が好みだろ」
「そうだな……へへへへ。まあ二、三日様子をみようぜ」
にやりと笑いながら、男たちは姿を消した。

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「と、いうワケなんだけど」
 その日の夜。ユリアンはゼタにその手紙の紋章を見せながら事情を説明した。ゼタは眉間にしわを寄せて手紙を見た。
「これは本物。この紋章もそうだけど、紙と蝋も王族限定品だ。ただ……」
「ただ、何?」
頬を指でかりかりと掻きながら言った。
「いや、そんな伝統あったっけなぁ、と。まあ、向こうの身分は確かなんだし、いってみりゃいいんじゃねえか」
「でも、店休ましてくれるかなあ。それにあたしなんかが行ってもなんか畏れ多いって言うか…」
「相手は王族だぜ。問題もクソもあるかよ」
「ん~、それもそうか。じゃあ、今度返事しとく。あ、いっけない。持ってける服なんてあったっけなあ」
先ほどの不安そうな表情とはうって変わって、るんるんでたんすを開け始めたユリアンを見ながら、ゼタはやはり奇妙な伝統が気になった。
─────まあ、俺が箱ん中にいる間に出来たのかもしれないしな。
ゼタは洗濯物をたたみ始めた。
 
 
 
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 そのころ茶髪の青年は軽い足取りで領主の屋敷へ向かっていた。
─────上出来だよな。嘘は一個だけだし。
屋敷の裏口の前で、双子の少年が話していた。
「「あ、ジル様。お帰りなさい!!」」
「たっだいま~! ロイ、ヒーリ。ジルでいいって言ったじゃーん」
「じゃあジル」
「おかえりィ」
ジルコーニはロイとヒーリに声をかけて、部屋へと戻っていった。